第2回同窓会有志ボランティアバスVOL4 

前回に引き続き写真を撮って下さった今関浩和さん(高30) 

 この機会を与えて頂いた幹事の皆様、この企画を継続的に進めている韮高OBの皆様に感謝致します。 私は、昨年の12月に続き、2回目の参加になりました。

 前回、震災後に初めて被災地に足を踏み入れて、自然の恐ろしさを痛感致しました。 テレビで見て、ある程度分かっているつもりでしたが、現地の状況は想像以上で、 まだ何も終わってないと感じました。その一方で東北地方の自然の美しさを改めて体験致しました。

 今回は、自然は徐々に回復しているなという印象を受けました。 特に伊里前川シロウオ唐桑半島牡蠣といった自然の恵みの回復の速さに驚きました。 現地の方やボランティアの方の努力があってのことだと思います。

 今回一番印象に残ったのは、陸前高田の語り部ガイドさんの話と地元の方との交流会でした。

震災当日の話やその後の現地の人の状況を聞き「津波てんでんこ」、「想定外」という言葉が印象に残りました。
 
見た目の回復とは別に震災を経験した人には我々が想像できないような体験や思いがあることも分りました。 防災マニュアル通りの行動をして被害にあった学校、校長の判断で高台に逃げて被害を逃れた学校、 そこにはいろいろな状況や判断があったことも分かりました。

 今回の震災で「想定外」であったことも、今後語り継いで取り込んでいくことが重要だと感じました。
私にできることは限られていますが、今回体験した被災地の方の思いを周りの人に伝えて行きたいと思います。 これからも、東北の地に係っていきたいと思います。 ありがとうございました。

ギターを弾いて下さった杉山博司(高30)さん

 こんにちは。杉山です。大変お世話になりました。ありがとうございました。 また、演奏の機会をいただき、ありがとうございました。拙い演奏ですみませんでした。反省して精進します。
 
 次回も参加します。次回というと1年後になってしまうので、自分でも調べますが、軟弱な私でも参加できる週末ボランティア等ありましたらお声かけください。毎月は無理ですが、3、4か月に1回くらいなら何とかできそうです。
 
 都心にお住いの皆さん、反省会(という名の飲み会)しましょう。伊豆はじめ都心以外にお住まいの皆さん、東京出張などの際にはご連絡ください。 以下、宿題の感想文です。

 田束(たつがね)山から見下ろす海は穏やかで、風は心地よく、東北の風景はとても美しいものでした。
この美しい自然がわずか半日にも満たない間にいくつもの街を壊滅させ、2万人近い人の命を奪ったなど想像ができません。
しかし、沿岸部のかつて街だった場所に立ち、あたり一面の荒涼とした光景を見渡すと、それは厳しい現実だとわかります。

 2年2か月たった今もまだ復興への道のりは遠く、人々の心の傷はまだまだ癒えることはないのだと知らされます。
この現実を目の当たりにできたこと、被災者の皆さんのどうしようもない喪失感とそれを乗り越えていこうとする強さと明るさを感じられたこと、私利私欲など投げ打って復興に尽力するボランティアの皆さんの心意気に触れられたこと、こうした人と人との絆が未来に向かって希望を繋いでいるのだということ、等々に今回も何度も心が震えました。
震災復興に何も協力していない自分に偉そうなことは言えませんが、たとえ半年に1回でも被災地に足を運ぼうと思いました。

 「いつもらえるかわからない一千万円より今日おばちゃんの手に渡る千円札」が大切なのですよね。
"福"興市やお店で千円の買い物をするくらいなら自分にもできるかなと。
そんなことを話してくれた陸前高田市の震災語り部の實吉(みよし)さんのお話の中に、津波の濁流に必死に耐えたけれど力尽きて流されていった人が残った人たちに向かって最後に叫んだ言葉は「生きろよ」だったというのがありました。

 この言葉を聞いた時、何だか自分に対して言われたように錯覚してどきっとしました。
ぼんやり生きていてはいけないぞと叱咤されたように感じたのです。今の自分にできることを頑張ろうと、命ある者として少しでも社会の未来をよくするために微力でも力を尽くそうと思いました。

 それから、万全の備えをしたつもりでも想定外のことは起こると教えてもらいました。
災害はいつ自分の身に降りかかるか知れません。
自然災害だけでなく、事故やテロなどに巻き込まれることもあるかもしれません。
もしもの時にどう行動すべきか、万一その時命を落としたとしても自分の人生に悔いはないかとかいろいろ考えさせられます。
前回もそうでしたが、支援に行ったつもりが逆に、教えられたり、気づかされたり、勇気をいただいたりといった旅でした。

 この機会を与えてくださった幹事の皆さん、伊東雅道さんに心から感謝します。参加者の皆さんにも楽しい思い出をたくさんいただきました。ありがとうございました。

個人的にもボラバスに参加された大川鈴代さん(高30)

 前回のツアーは冬の入り口でしたが、今回は山桜とたんぽぽ・ツツジ・藤の花と新緑の若葉が 同時に咲いている春の東北でした。
がれきの汚泥からも草が芽吹いて外目は一見のどかな ‘丘’に見え、自然の生命力を感じるとともに、少し衝撃でした。

 語り部さんのお話から、「とにかく皆さんには生きてほしい」という強い思いを受け取りました。
日本中どこでも地震・津波は起きるのですから。
震災で失ってしまった多くの命・家族、 今も続く悔恨・葛藤、それらを無駄にしないために、
伝えずにはおられない、と。
‘我がこと’としていくことで、しっかりその思いに応えていきたいし、周りにも伝えていきたいです。

 そして、災害でなくとも、重大な事案が生じたときにマニュアルや誰かの指示によらずに判断できるか、 など、ハッとさせられました。
南三陸町は、伊豆と風景が似ており、近しさを覚える地です。自然や人の温かさそのままに 復興していくことを願わずにおれません。

 今回も幹事のみなさん・同窓会事務局のみなさんには大変ご尽力いただきました。また 世代が違っても連帯できる同窓の方々・関係の方々に感謝申し上げます。ありがとうございました。 これからも形をかえつつ、東北の人々と長く交流していくことに意味があるだろう、と実感しています。

参加者の皆様へ
 3日間大変お疲れ様でした。 今回も充実したツアーになったのは、ひとえに幹事の皆さんの 周到かつ臨機応変な準備のおかげです。

 あと参加した皆さんの 何だろう……温かいまとまり感? 帰り歌声バスになってたし(笑)。
杉山君、ぜいたくな生ギター堪能しました。
知省君、さっそく写真をありがとうございます! 参加した皆さんを満遍なく撮ろうとしていましたね。
細やかな心遣いを感じてました。 (持参したカメラが早々に電池切れになったので助かります〜。)

 今回、嬉しかったのが一つ。 昨年、陸前高田の一本松を正面に臨む中学校の前で、河岸の清掃をしました。 その中学校の生徒さんに犠牲者が出ていないことが語り部さんのお話でわかって、 本当によかったです。無残な校舎の姿に心痛めていましたが、救われました。 皆さん、ありがとうございました。

ムードメーカー渋谷由美さん(高30)


 こんにちは。  皆さんの感想文を読んでいたら、また泣けてきてしまいました。
それぞれに、やさしくて誠実で、なんてなんて素敵. . . 。
皆さんとご一緒できて、ほんとうに良かった。 感慨無量です。
同時に、"被災地慣れ"とでもいうような、ある鈍さを身につけてしまっていた自分にも気づかされました。

 2011年の5月、いわき市に医薬品や物資を運びに行ったときのショック. . .
同年9月に、陸前高田へ瓦礫の撤去作業に行き(このときは伊東雅道君と一緒でした)、
バスの中で号泣したことなど. . . わたしも忘れてはいけない、といま肝に銘じています。 ありがとう。

 ごく個人的には、今回語り部さんたちから聞いた、
"あまり表には出ないけれど、仮設住宅で、孤独死や自殺が増えている"
という話が、ずっと気になっています。
―― なにか、ほんのすこしでも孤独を温める手助けができないか. . .  
癌やアルコール依存症の患者として、自助グループで身につけた、
聴きあいやピアカウンセリングのスキルを生かす方法など、
同病の友人たちと共に考えていけたらと思います。

 歌津で、ホタテを焼いてくれた山本さんが、ご自身のことを「援人の援人です」と仰っていて. . .
いいなって思いました。
わたしも、「援人の援人の、そのまた助手」ぐらいの感じで、
東北と、楽しく末永く、関わっていきたいと思います。次回も、どうぞよろしくお願いいたします。

  P.S. 交流会や「歌声バス」のための歌集を作ろうと思います。
それぞれの十八番やみんなで歌いたい曲など、ぜひお知らせください。

 また詳しくご報告したいと思いますが、 陸前高田でも、歌津の福興商店街でも、
何人ものかたに、 「伊豆から来てくれたの?」 と驚かれ、すごく喜んでいただけました。
東北各地で――   震災から二年二ヶ月が経って、ボランティアで訪れる人の数も日ごとに減っています。
そんないま(これから)だからこそ、「気にかけている人間がいる
と伝えていくことが大切なんだと、あらためて感じた二日間でした。

 今回参加くださったすべてのみなさんに、感謝します。
みなさんとご一緒できて、ほんとうに幸せでした。     謝謝! 渋谷 由美 (やみぃ)

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