オトナの食育 
所感編 第110回(通巻150回)2019/1/10号掲載 千葉悦子(高28)

戦争や貧困の栄養不足は、ドラマ・映画より深刻 
食料確保の重要性を再認識しましょう



 新年おめでとうございます。まあまあ健康で150回を迎えた喜びを感じ、今後も、食に関する専門家の考えを皆様の腑に落ちるようにお伝えする抱負を持ちます。多くの専門家は冒頭に「まず、食料が十分あることが大事」といったお話をされますが、一般の方にはその重要性がなかなか伝わらず、もどかしいです。

 NHKテレビ朝ドラ成功の要素に「太平洋戦争を入れる」もあるとネットで読み、現在放映中の「まんぷく」もその条件を満たします。主演の安藤サクラさんは、赤ちゃんを育てながらの撮影開始でしたから、特にドラマの最初の方は授乳期の女性らしい体形でした。また、是枝監督「万引き家族」でも、貧困と言えそうな、現代日本の中では過酷な生活をしている主婦役でしたが、肌がきれいで、まばゆい健康体でした。しかし、戦中戦後には、本当は栄養不足で見るも無残な人が大勢いたはずです。たとえば、ビタミンB群が不足すれば皮膚の問題が起きるし、タンパク質が不足すれば傷が治りにくく、感染症にかかりやすくなるなど、単にやせ細るだけではなく、外見も含めて悲惨なことが多々あったことでしょう。

ところが、朝ドラ中の美しくにこやかなサクラさんや、実年齢よりずっと若くて元気そうな松坂慶子さん(主人公の母役)らでは、食料不足の深刻さに気付けません。「恵まれた生活であろう、現在を生きる役者さんが演じるから、その時代の現実とは異なる」と冷静に受け止めましょう。

 東京で生まれ育った実母は、戦中戦後の食べ物がない辛さを何度も語ったものです。沼津に疎開してから結婚した母は「(温暖な三島辺りの)農家の人は、食べることについて、あまり困っていなかった。都会は大変だった。」と話しました。また、動物園や博物館に行くために上野駅の地下道を歩く際にいつも「浮浪児がいてね。おにぎりなんか持っていると、さっと取って行くの」と真剣に語ったものです。そのような世代が高齢化したので、代わりに、その体験を直接聞いた子どもが発信しなくてはと思います。母が東京、父が三島出身で、食物学科で学ばせて頂いた私の使命でしょう。

 大砲を使うような戦争はあまり起きないにしても、経済の熾烈な競争があり、世界には人口増や気候変動もあります。エネルギーベースで食料自給率38%、飼料自給率はさらい低い日本なので、世界と将来に思いをはせ、食料確保に向けて長期的に備えることは非常に大事です。それには、国任せ・他人任せにするのではなく、「国民の理解が得られないから」と行政や供給側が逃げ腰になり、変化を先送りすることがないよう、新技術への理解を基とした的確な判断が消費者に必要と考えます。本間清一先生(私の恩師)が「食品加工貯蔵学」のまえがきで「原料の一次生産から始まり、加工・保存・流通を介して食品を消費者に届けることは技術なくしてなしえない」と述べています。自然なままが良いとは限らず、人間の技術が必要なのです。100%安全な食べ物はないことを前提に、リスクのトレードオフを考えながら、安全に結びつかない安心ではなく、安全性が十分高い食料の確保をしたいものです。

変わらないことがリスクだ」という場合が、食に関してもあります。不安情報は売れるので、昨年、週刊誌の中に、食に関するごく小さなリスクを大きく報道する特集がありました。今月の朝日新聞にて、日本感情心理学会理事長の中村真 宇都宮大教授が「感情をあおり行動につなげさせようと意図する人たちはビジネスや政治の世界に多くいる。」と警告なさいました。そういうものには惑わされず、一番重要な食料確保に向けて、食に関する技術などについて冷静に学んで行きましょう。


■引用文献等
本間清一・村田容常編「食品加工貯蔵学」東京化学同人(2016
朝日新聞201913日朝刊「感情振動2 ココロの行方」「あなたの心 測られているかも」
                   「ライブの興奮、AIが分析■米大統領選広告、感情利用か」


■主な参考文献等 
近藤和夫・鈴木恵美子・藤原葉子編「応用栄養学」東京化学同人(2015
農水省HP「日本の食料自給率」 http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012.html
日本経済新聞20181229日朝刊「猛暑・豪雨 列島に爪痕」「▶熱中症搬送 9万人超」
  「▶猛烈な台風発生最多」「2重高気圧、夏に猛暑」「年間気温 東日本で最高」

朝日新聞201911日朝刊「エイジングニッポン」「変わらないことがリスクだ」<脱「昭和型」 働きやすい拠点を作る>
  「都市集中か 地方分散か」

朝日新聞201914日朝刊 鷲田清一「折々の言葉」
                   斉藤美奈子「戦争の影響で食糧がなくなるのではない。食糧がなくなることが戦争なのだ。」

日本経済新聞201911日朝刊「人工肉を食べてみた」



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