輪が 自由勝手旅の醍醐味

第44回 
★韮高百年史を開いた時の所感★ June /10/ 2010
2010/6/10号掲載  栗原 一 (高2回卒)


  
 
本棚の前のリハビリ用に装置した横バーにつかまり、朝のウオーミング・アップを始めたとき、「韮高百年」が目に入りました。先月の5月号で校歌の事実を投稿したのでまた開いてみたのです。私の卒業年度の記念写真を見たりしているときに教職員の集合写真が目に留まり、ある先生との出会いが懐かしく浮かんできたのです。口の周りの無精ひげが特徴の鈴木 正先生です。通称パイちゃん、由縁は知りません。太平洋戦争中、横浜からの疎開編入中学生でしたから当りまえでしょう。疎開先は沼津だったのですが、沼中で編入を拒否されて運よく韮中に拾われたのです。ある登校日、沼津駅でもう一人の級友とホームに着いた時先生と出会ったのは、お住まいが偶然沼津だったからです。体育の教師ですが、何でもこなす才人タイプでした。競技部も受け持ち、駅伝選手から短距離・跳躍もコーチしてました。戦後は野球部も手掛け、そのノックバットは神業のイメージでした。特にキャッチャー・フライは!
 今月号はこの鈴木先生から私の生涯に非常に大きな特技を伝授して下さった由縁を送りたいとパソコンの前に座りました。 

 ある雨天の日でしたか、教室で「校門から韮山駅までの距離は1250bである。通学の時にこの距離を意識して歩き、距離感を自分の脳に記録するように」と宿題を頂きました。電車通学者は毎日のことですので嫌でも体験します。当時はこの道の両側は田圃で、中間点に小学校があるだけで、原木と長岡の駅は発車する電車が見えたものです。この電車を逃がすまいと韮山駅の線路からホームに飛び上がった定連です。おかげさまで、この1.25キロの大きな見えない定規を先生から授与されたのです。つまり目測の一単位ですね。
 短い寸法では、「教室の黒板から最後列の壁板まで約10メートルと記憶しなさい」
これも一単位です。このようにして、専門の体育教科以外に実に応用範囲の広い頭脳のトレーニングを教えて下さった忘れられない教師のお一人です。
 それにしても、このような便利な単位をただの一つもお持ちでない哀れな方向おんちの成人のなんと溢れていることでしょう!「携帯サル」と呼ばれても仕方が無い人種です。便利ですが、人間性を機械に否定されている自分に気が付かないのは、淋しいの極ではないでしょうか? 

☆先月、心豊かな後輩の善意に甘えて、東京から静岡市までツーリングの機会をワイフともども受けました。カーナビなる最新迷子用電子機械を面前に、車椅子同行で鎮座するセッティングでした。
 さァ走り出してからこの機械の不思議さは、テレビを見ているより余ほど興味を呼び起こす思いがしましたね。目的地をさぐりあてる条件を幾つか教えてやろうとするのですが、非常にわがままな性格であれこれと駄々をこねて本来の役に立とうとしないのです。結局、静岡市役所に電話して最寄の目標になる総合病院を知り、そこへ先方から迎えに来てもらう始末でした。幸いなことに私は、鈴木 正先生に“目測”の見えない定規を頂いたので、色々なものの長さ、太さ、高さ、巾などが恥をかかないで済む程度に年齢を重ねてきました。カーナビより私の勘の方が的中度が上でした。
 韮山中学から新制韮山高等学校に在学中の6年間、数多くの諸先生にご教授頂きましたが、本号は、飛び切り運動神経の貧弱な私に強い補強神経を植えてくださった“ぱいちゃん先生”に敬意とお礼を兼ねて主役にご登場ねがいました。忘れ得ない恩師です! 



東海道線はまだ沼津から南は電化されていませんでしたから
このEF551号流線型機関車は特急”つばめ” ”富士”を専用に牽引していました。
時速は150`くらいかと推察します。