オトナの食育 
所感編 第60回(通巻94回)2014/2/10号掲載 千葉悦子(高28)

リスクのトレードオフを考えて判断を
~最近の農薬混入事件やノロウィルスの問題から~


  農薬混入事件の容疑者が見つかり、容疑を認め、「意図的な混入」と私が1月号で推測した通りで、かつ、容疑者が出たこと自体には、ホッとします。この事件の記事と同時期に、毎冬よくあり、ノロウイルスかと思われる、集団の不調を訴える事件が複数起きました。出身県である静岡県浜松市の小学校で、給食のパンによるノロウイルスの集団食中毒が発生し、児童約1060人が欠席したそうです。
 食品安全委員会ホームページの「食品健康影響評価のためのリスクプロファイル及び今後の課題~食品中のノロウイルス~」に次の説明があります。
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 ノロウイルスの不活化には851分の加熱を要する等、一般の食中毒原因微生物より加熱に対する抵抗性がある。そのため、食中毒原因食品として、カキ関係料理では生がき、酢がきなどの非加熱料理又はしゃぶしゃぶなどの十分な加熱を行わない料理が多数を占めている。
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 つまり、生食は危険性が高く、中までよく加熱すればノロウイルスなどのウイルスの危険を回避できます。気温が低い冬は、夏ほど生食の危険性が高くないように思いがちですが、ノロウイルスの問題が多い1~2月は、特に気を付けたいものです。
 浜松の小学校給食で、焼いて安全であるはずのパンが原因になったことについて、焼いた後、異物混入を調べるためにパンを手に取って確認した作業が、感染を拡大させた可能性があると指摘されます。学校に納入するパン以外は、手に取って確認しないので、ノロウイルス等の汚染がありません。目に見えるといった五感で分かる異物なら、消費者が注意すれば取り除けますが、ウイルスのように小さくて見えず、五感では感知できないと、防ぎようがないです。そう考えると、これもリスクのトレードオフあちら立てればこちらが立たず―の実例です。
 そもそも、なぜ学校給食用だけ手に取って確認するか?については、本年128日のネットの産経ニュースによると、私の感覚では「異物」と呼ぶほどでもないようなことについての保護者のクレームが多いから、ということです。小さな問題について、学校側に執拗に改善を求めると、全体としては誤ったやり方になる例と思います。
 たとえば、パンに天板との接触部分の焦げや髪の毛1本付いていたとして、気分が良くはないですが、「パンは焼くことによって殺菌していて、焼いてから教室に届くまで人の手が触れていないので、安全性が高い。焦げや髪の毛を取り除けば大丈夫。」と児童・生徒に説明できる大人でありたいです。それだけでは納得しない場合、「もしも、11つ検品すると、ノロウイルスなどに汚染されるリスクが高まるので、検品しない方が衛生的で安全です。」と諭したいものです。ピンチの場面を使って、発達段階に応じて「リスクのトレードオフ」という言葉と、その概念を教えるチャンスとしたいです。

◆衛生的にするにはコストがかかる◆

 大手企業のパンは、徹底した衛生管理のもとに作ります。しかし、大企業の菓子パンのように、食パン12枚といった少量ずつ個包装にするとしたら、資源の無駄ですし、コストもかかり、少ない給食費では無理でしょう。また、中小の企業が給食に参入できなくなって良いのでしょうか?あれこれ考えると、「学校等にクレームばかり言って、聞く耳を持たないと、より大事なものを失うことがある」ということを皆が知る必要があると思い至ります。
 実は、私がここ数年取り組んでいる「食品照射」の技術を使うと、包装後放射線照射によって殺菌できます。ガンマ線は非常に透過性が良いので、包装後の殺菌が可能です。しかし、残念ながらウイルスは細菌より丈夫で、かなり高線量にしないと不活性化しません。照射するには線量に比例してコストがかかり、じゃがいもの芽止めのような低線量に比べて高線量は非常にコストがかかります。食品照射の技術は宇宙食に使われると言っても、また、食品照射についての法律が変わったとしても、学校給食には高線量の照射処理はコストの面でなかなか使えません。
 「学校給食は子どもが食べる物だから安全第一」と言うと、いかにも正義のような感じですが、安全を確保しつつ、コストも考えなくてはなりません。

◆食べるときは落ち着いて、気を付ける◆

 日本経済新聞23日朝刊 <「食品防御」徹底 道半ば>の記事に、公益財団法人「食の安全・安心財団」の唐木英明理事長の指摘として、次の言葉があり、消費者すなわち一人一人が日常生活で安心しきらず、気を付ける必要があるのだな、と再確認し、学生や生徒には知らせたいと思いました。
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 メーカー任せには限界がある。消費者も食品防御の意識を持ち、包装や臭い、味に異常がないかを確かめるといった自衛策を取る必要がある。
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 万が一、異物がないか分かるように、「食べるときは落ち着いて。パンは手でちぎってから少しずつ食べる。」などをしていくしかないと思います。小学生くらいの子どもに対しては、最初から異物混入の説明では切ないので、「消化が良くなり、窒息事故などが起きないように」と伝え、結果的に異物も排除できると思います。

◆消費者には権利と同時に義務も◆

 「給食についてすべての人が簡単に納得できる、安全性確保のためのコストも考え合わせた方法がない」ということを、皆が知る必要があります。そうすれば、冷静に、より高いリスクを回避するような方法を選ぶでしょう。
 家庭科の教科書には、消費者憲章にある消費者の権利と責任も載っています。「安全を求める権利」や「意見が消費者政策に反映される権利」と共に、「自らの消費行動が他者に与える影響や、環境に及ぼす影響を理解する責任」等もあります。ホットな話題を取り入れながら、重要な基本を学べる大事な教科です。食育だけでなく、家庭科も皆で大事にしていきたいです。

引用文献等
食品安全委員会ホームページ
  食品健康影響評価のためのリスクプロファイル及び今後の課題~食品中のノロウイルス
 http://www.fsc.go.jp/sonota/risk_profile/risk_norovirus.pdf
日本経済新聞201423日朝刊 <「食品防御」徹底 道半ば>「意図的な異物混入防止」
    <アクリ社体制「平均的水準」><「性善説」現場に戸惑いも>「フォローアップ」
主な参考文献等

宮本みち子ほか36名「家庭総合 パートナーシップでつくる未来」(高校家庭科教科書)実教出版(平成25年)
㈳日本原子力産業協会「食品照射Q&Aハンドブック」(2007
朝日新聞2014117日朝刊「ノロに集団感染か」「浜松 欠席児童が急増」「来月までは警戒が必要」
日本経済新聞2014120日朝刊 「ノロ検出業者に保健所が講習会 浜松の集団欠席」
日本経済新聞2014120日朝刊 「ギョーザ事件 無機懲役」<中国で判決「極めて悪質」>
   「うつむき、謝罪の言葉なし」
朝日新聞2014123日朝刊「学校給食で食中毒42件」「文科省 うち5件パン原因」「200313年度」
朝日新聞2014125日朝刊「同じ給食 生徒303人不調」「広島の10学、下痢や嘔吐」
日本経済新聞2014126日朝刊 「健康被害訴え2800人」「流通各社、注意喚起続ける」
    「回収対象3分の1 PB」「製造者の名称一部記載なし」「消費者庁、制度見直し検討」
朝日新聞2014129日朝刊「手袋交換などに不備」「浜松食中毒 感染元のパン工場」
日本経済新聞2014130日朝刊 <農薬混入「やったのは私」><容疑者、一転認める>「待遇に不満 漏らす」
朝日新聞201423日朝刊「食品防御網に穴」「農薬混入事件」「監視や検査強化に限界」

内閣府 e-マガジン【読み物版】平成26120日配信
    [臨時号:ノロウイルス(平成251114日及び1129日配信記事の再配信]
厚生労働省ホームページ
   農薬(マラチオン)が検出された冷凍食品に関連する健康被害が疑われる事例について(23) 
    http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000036639.html
食品安全委員会ホームページ
   マラチオンの概要について
    http://www.fsc.go.jp/sonota/20131230_malathion.pdf
FOOCOM.NET 森田満紀
 
   食品リコールからみるアクリフーズ事件
    http://www.foocom.net/column/cons_load/10639/
産経ニュース 2014128
    検証・浜松ノロ集団食中毒 細心のはずの検品時に給食パン汚染…問われる異物対策
    http://sankei.jp.msn.com/life/news/140128/trd14012808310001-n1.htm