オトナの食育 
所感編 第51回(通巻84回)2013/4/10号掲載 千葉悦子(高28)

第3回 食と科学―サステナビリティに向けて―を拝聴し、
TPPも視野に入れて大事なこと


 本年313日開催、第3回 食と科学―サステナビリティに向けて―を拝聴しました。主催は東京大学大学院 農学生命科学研究科附属 食の安全研究センター、協賛は味の素株式会社、特別講演者はジョン・クレブス卿、その講演後パネルディスカッション「食のサステナビリティのために何をすべきか」がありました。
 クレブス卿は、英国食品基準庁の初代長官をなさり、BSE問題で揺れた時期に英国食品行政を立て直し、英国市民の同庁への信頼を回復させたそうで、2009年にも東大で講演なさり、私も拝聴しました。(オトナの食育200910月号)博識やウィットに富んだ上品な語りを思い出し、さらに、パネラーがお一人だけの講演であったとしても聴きごたえのある豪華な面々でしたので、今回も参加しました。
 クレブス卿の演題は「90億人が食べていくために」で、昨年世界の人口が70億人になったばかりですが、2050年には約90億人になり、その後もアフリカを中心にさらに増えるそうです。「私が話している1時間に6,000人が出生する」とニコッとしながらお話しなさいました。
 1960年の30億人から2000年の60億人に倍増し、1人当たりの食糧が25%増加したことを支えたのは「緑の革命」―品種改良・農薬・灌漑・機械化等による収穫高の劇的な増加―です。ところが、こういった改良の速度が鈍化していて、しかも持続可能ではなく、生物多様性の喪失やエネルギーの大量消費を伴い、今後これまでの「緑の革命」はリピートできません。
 真水の最大ユーザーは農業であり、家庭でも製造業でもなく、たとえば、リンゴ1個につき70リットル、ステーキ1キログラムにつき15,000リットル必要だそうです。 確かに、ベランダで野菜やハーブを育てると、水やりが大変です。

従来の常識を見直し、発想を変え、新技術の受け入れも
 そこで、持続可能な農業強化が大事で、より少ないもので、より多くのものを生産しなくてはなりません。それには、新技術―遺伝子組換えやICTInformation and Communication Technology)、GPSGlobal Positioning System)といったコンピューターを使い、局所的・最適な時期に農薬をまくといった精密な農業―が必要です。なお、遺伝子組換えに対する懐疑の気持ちが食品にはあっても、医薬品に対しては抗議がないのは、医薬品にはメリットを感じやすいからだろうということでした。
 生産された食料の34割は無駄にしていて、先進国では農場の段階より、家庭等の割合が多いのに対して、発展途上国では農場や輸送・加工の段階の方が圧倒的に多いです。たとえば、害虫抵抗性、ウイルス抵抗性、乾燥耐性、干ばつ耐性の遺伝子組換え作物なら、無駄を減らせることになります。こういうことも考え合わせましょう。
 地球上には耕作していない土地がありますが、土地をいじるだけで二酸化炭素といった温室効果ガスが排出するので、なるべく森林は残し、今ある農地で生産を高め、あわせて廃棄を少なくするのが賢明です。なお、土壌に含まれる二酸化炭素の方が、外気に含まれる量より多いそうです。
 日経46日朝刊に日野原重明氏が次のように書いていらっしゃいます。
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 西谷先生は心を田んぼになぞらえ、自分の心を耕すことが自己形成なのだと語りました。「耕す」を英語でcultivateと言いますが、これはカルチャーの語源で、「耕す」は文化の起源なのです。
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 確かに従来の常識では「耕す」ことは誰も疑わない程、価値があり、上記のような「たとえ」にも使われるほどでした。しかし、人類の経験のない寿命の延びや人口増加・環境問題に対処していくためには、文化という言葉の起源である「耕す」ことさえ、とらえ直さなくてはならない、と私は考えます。まさに価値観や発想の転換に迫られているということを、皆が自覚する必要があります。
 なお、クレブス卿は「少ないものでより多くを生産」以外にも、「気候変動の取り組み」や「技術、行動変革、政治的意思」も大切といったことをレジュメに書かれています。
 続くパネルディスカッションも非常に活発でした。その中で一番印象に残ったのは三石誠司氏(宮城大学 食産業学部 フードビジネス学科 教授)の次のお話です。
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 日本の農地は現在約460haです。現在の状況では、1haの農地で10人を養うというのはかなり困難です。つまり、現実には自給だけで日本の総人口を養っていくことは難しい以上、「農地のこれ以上の減少を食い止める」とともに、「どうやって安全なものを輸入するか?」を考えて実行していくことが大事。
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 「平成20年度 食料・農業白書」の「第Ⅱ章 食料・農業・農村のおもな動向」に、2003年の試算があり、日本の人口は12770万人、人口1人当たり農地面積は3.7a、農地 1 a当たり国産供給熱量は10400 kcalということです。100400×3.7÷365と計算し、一人1日約1017 kcalです。日本の農業は集約型ですが、仮にロスがないとしても、1人の大人に必要なエネルギーの半分弱しか、供給できない計算になります。
食料自給率がエネルギーベースで約40%ということと、ほぼ一致しますね。

偏狭な地産地消に陥らないように
 このところ、TPP参加の場合の影響が取りざたされ、また、ここ何年も小学生から高校生向けの食育や家庭科の資料中に「地産地消」「フードマイレージ」という言葉を見かけますが、日本が食料を輸入しなくてはならない現実を十分理解した上で議論しないと、間違った結論になることでしょう。
 しかも、英国の食糧サプライチェーンにおける温室効果ガス(2006年総量=CO2換算で16,000万トン)のスライドによると、農業、漁業に33%、商業輸送(英国および海外)は9%ということで、農業自体の二酸化炭素排出削減がまずは大事と分かります。
 英国と日本は同じではないにせよ、傾向は似ていることでしょう。日本のフードマイレージが非常に高いのは問題ですが、視点を転じて、国産だけでは生きていけない現実があることや、世界のエネルギーや環境問題に配慮すると、たいへん非効率―言い換えるとエネルギーがかかり、二酸化炭素の排出の多い―な東京近郊の小麦よりは、北海道や外国の小麦の方が良いとも考えられます。

守るべき日本の食文化は何か考え、選択を
 講演やシンポジウムとは関係ないですが、日経の「私の履歴書」にカーラ・ヒルズ氏(元米通商代表部代表)が次のことを書いていらしたのが強く印象に残りました。
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 最後に1点、誤解していただきたくないことがある。我々はSII(日米構造協議)のような手法を通じて、日本の文化や伝統、社会慣習まで変えようとしていたわけではない
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 TPPに参加することになるにしても、外国の方々は、単に自分たちの主張を通そうとするだけであって、日本の食文化を壊そうとまでは意図していないのでしょう。たとえ意図されなくても、日本人が自分たちのことを何も考えない内に、ずるずると不健康な食生活に陥って行くのはごめんです。自分や自分の家族の食生活で守るべきものは何か考えて選択し、教員なら目の前の生徒の食生活について、そうできるように教えていくことが消費者の立場としては大切と思います。
 講演やシンポジウムの全ては説明しきれませんが、一般の方が誤解しがちなことについて、少しでもお伝えできれば幸いと思い、今回は書きました。

■引用文献等
日本経済新聞201346日朝刊e5 日野原重明「101歳・私の話 あるがまま行く」「自分の心は自分で耕すしかない」
日本経済新聞2013320日朝刊 カーラ・ヒルズ「私の履歴書 20
        <「日本だけ301条」回避に汗 政治圧力緩和へ一定の成果>
■参考文献等
クレブス卿(オックスフォード大学 ジーザスカレッジ学長)「90億人が食べていくために Feeding the 9 billion
       (2013313日開催 特別講演資料)
小川芳男編「ハンディ語源英和辞典」有精堂(昭和48年)
文部科学省「高等学校学習指導要領解説 家庭編」(平成22年)
農林水産省「平成20年度 食料・農業白書」
NPO法人 くらしとバイオプラザ21「知っておきたいこと~遺伝子組換え作物・食品」(2013
日本経済新聞2012325日朝刊<TPP「賛成」過半数に>「本社世論調査」<懸念は「農業」「食の安全」>
       <アベノミクス「所得増望めず」69%
日本経済新聞201341日朝刊 「日米摩擦の舞台裏 明かす」<カーラ・ヒルズ氏「履歴書」TPP参加の参考に>
・本シンポジウムの専門のサイト(http://foodscience130313.com/
・協賛企業の味の素(株)のウェブサイト(http://news.ajinomoto.co.jp/newsevent/post_370.html
・リテラジャパンのウェブサイト(http://literajapan.com/2013031
「オトナの食育 所感編 第13回 通巻42回 20091010日号」
「オトナの食育 資料編 第2回 2007110日号」
「オトナの食育 資料編 第15回 通巻622011610日号」