オトナの食育 
所感編 第50回(通巻83回)2013/3/10号掲載 千葉悦子(高28)

食品表示の法律改正の前に その3
消費者も食品事業者の話に耳を傾けましょう


 戦後日本で育った人は、小学生の頃から「相手の立場になって考えましょう」「少数意見も大事に」などと繰り返し聞かされたでしょうから、論理としては「食品事業者を含め、様々の立場の方の話にも耳を傾けましょう」に、反論する人がいないのではないかと思いますが、実行しているでしょうか?
 私自身、10年ほど前までは食品を製造・販売する会社に勤める人の話を、あまり聞いたことがなかったです。文科省後援、再教育講座の「食」関係の講座や新しいタイプの消費者団体「食のコミュニケーション円卓会議」の例会等で、そういう立場の方々のお話を聞く機会が増えました。聞いてみると、自分の思い込みによる考え違いが多々あることに気付きました。
 「オトナの食育201211月号」の、食品表示の法律改正の前に その1で書きましたように、消費者庁は今月までに新食品表示法(仮称)の法案を提出予定でした。食品関係の事業者や熱心な消費者団体の人たちは、やきもきしながら待っているようです。そういうわけで、今月はこの話題です。

 ずっと以前の私は、従来からあるタイプの消費者団体の主張のように「食品の表示は、なるべく多くの情報を載せるのが消費者にとって良いだろう」と単純に考えていました。しかし、全ての加工食品の原料を、全て詳細に書くのは無理があるなどと分かりました。たとえば、食品添加物について、「保存料」「酸化防止剤」「香料」といった一括表示でなく一つ一つの物質名にすると、膨大な量となり、かつ、パッケージに載せるとなると字も小さくなりがちです。現行制度のもとでも、総菜の詰め合わせや、弁当の表示は原材料がズラッと並ぶほどです。今後ますます高齢者が非常に増えていくのに、小さな字では見にくく、表示の意味がありません。


加工食品の原料原産地表示も無理がある

 消費者庁の今年2月時点の「食品表示法案(仮称・検討中)の骨格」というプリントによると、加工食品の原料原産地表示は法律ではなく、府令レベルではありますが、「当面、現行制度の下で拡充を図りつつ、表示ルールの調査等を実施」と書いてあります。
 「食のコミュニケーション円卓会議」の20129月例会で、加工食品でタマネギを使う場合を例として「原料原産地表示を行った場合に何が起こるか」の説明がありました。タマネギの端境期の5月には国産は調達できないので、中国など外国から輸入するそうです。JAS法で「タマネギ(国産又は中国)」といった表示は認められていず、4種類<タマネギ(国産)><タマネギ(国産、中国)><タマネギ(中国、国産)><タマネギ(中国)・タマネギ(国産、中国)>、の包材の準備と1年に6回の包材の切り替えが必要で、コストや労力のムダがあり、実際にはミスしないようにするのがかなり大変で「間違えを誘発しやすい」ということでした。
 産地の変更が1種だけなら、これで対応できますが、他の原材料も調達先が変化すると、さらに複雑になります。一般的には「(高い目標に向かって)行おうとしないのは、いけない」というのは、崇高な考え方でしょうが、包材のコストや人件費は消費者にかかるので、原料原産地表示の拡大や義務化が本当に消費者のためになるとは思えません。
 さらに「食のコミュニケーション円卓会議」の本年2月例会で、フロアから「製粉会社自体も、あちこちから輸入するし、パンや菓子等の加工業者に行くなかで原料原産地を書くのは不可能」という話がありました。いい加減(間違えが多い)な表示になるくらいなら、全面実施のルールは作らない方が良いと考えるようになりました。「無理が通れば道理が引っ込む」とつくづく思います。


安全性につての基礎知識が必要、消費者には権利と義務の両方が

 そもそも、輸入食品について日本の基準を超えていないか、残留農薬や添加物等についてのサンプリング検査があるので、検査をすり抜けない限り、輸入食品も十分安全性は高いのです。なお、検査をすり抜ける可能性は、国産にもあります。「何のための表示か?」の原点に戻って、考えたいものです。
 国際消費者機構の消費者の「8つの権利」の中には「安全である権利」「知らされる権利」「選ぶ権利」があるとはいえ、「安全」について、各種メディアの報道には偏ったものや、偏って受け取られがちな表現のものが多々あり、消費者は基礎知識を持って、注意深く読む必要があります。基礎知識を得るための、最近出版された本で、一番のお薦めは次です。

 松永和紀著 <お母さんのための「食の安全」教室>女子栄養大学出版部(201212)

 ある家庭科の教員が、この本を読んで「目から鱗」と目を丸くして喜んでくださいました。それほど、食の安全に関する常識と思われていたことが、実は違っているということです。
 また、この本に、食品中の放射性物質のリスクについても、他のリスクと比較しながら、分かりやすく書かれています。3.11から2年たった今、そういう意味でもお勧めの本です。
 上記「8つの権利」の中には「生活の基本的ニーズが保証される権利」もあるので、コストや価格も考えなくてはなりません。なお、「消費者の5つの責任(消費者憲章)」に、社会的関心(自らの消費行動が、他者に与える影響、とりわけ弱者に及ぼす影響を理解する責任。<引用文献等1)等もあります。
 消費者として権利を主張するには、主張の元となるより確かな情報を得る努力をはらうという義務が伴うはずです。

 

無知の知・・・ソクラテス

 日本経済新聞今年112日朝刊「座右の銘にしたいのは」の第2位は、鷲田清一の「自分がわかっていないことがわかるということが一番賢いんです」<引用文献等2>です。それが大事と思う人が、それなりに多いことになります。
 こういうことを理解していても、自分が長年抱いていた考えを改めるのは辛いものです。しかし、国全体・日本の消費者全体のことを考えて、より良いルールを作りたいものです。
  「小池龍之介の心を保つお稽古」「ムキにならず譲る余裕を」に次の部分があり、大昔から尊い考え方として存在していたと分かります。
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釈迦は「削減経」において、「他の者は見解を捨てられずにいるが、我々は見解をやすやすと離れられるように修習しよう」と説いています。<引用文献等3
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 考え方の基本は、今さら書く必要がないほど知られていることですが、食について、自分が本当に実践できているか? 年度の変わり目に、将来に向けて考えられると理想と存じます。

 

■引用文献等
1.宮本みち子他40名「新家庭総合―未来をひらく生き方とパートナーシップ」(高校家庭科教科書) 実教出版(2011)
2. 日本経済新聞2013112日朝刊 <覚えておきたい「現代の名言」>「何でもランキング」「座右の銘にしたいのは」
3.朝日新聞2013228日夕刊 「小池龍之介の心を保つお稽古」「ムキにならず譲る余裕を」

■参考文献等
日本経済新聞201286日夕刊 「らいふプラス」「食品表示 もう限界?」「情報多すぎ消費者素通り」
   <「スペースない」企業も悲鳴>

日本経済新聞2012910日夕刊 「らいふプラス」「ニッキィの大疑問」「食品表示はどう変わる?」
  「内容簡素に、栄養成分は義務化」
 「ちょっとウンチク」<「保存料不使用」表示の真意>
朝日新聞2013221日夕刊 「小池龍之介の心を保つお稽古」「菜食への執着 手放して元気」
「食のコミュニケーション円卓会議」の2013226日例会資料
  テーマ:「新食品表示制度で、どこがどう変わるのか?」
  講 師:消費者庁食品表示課 首席食品表示調査官 平山潤一郎 氏
「食のコミュニケーション円卓会議」の2012925日例会資料
  テーマ:「表示の学習 食品表示一元化の課題」
  講 師:味の素株式会社 天明英之 氏