オトナの食育 所感編 第5回(通巻34回)2009/2/10号掲載 千葉悦子(高28)

照射食品ついて その1. 照射じゃがいもについて

 

普通のしゃがいもで作ったポタージュ


 


 寒い季節ですが、あと1ヵ月すれば春という期待が毎年あります。
 この時期、皆様どんな食べ物を思い浮かべられるでしょう?今、北海道士幌町では芽止めのために、じゃがいもを照射しています。

照射とは?
 近頃の教科書には照射について載っていないので、私が駆け出しの教員でした頃の、高校家庭科の食物Uの教科書からその部分を以下に写します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
食品照射とは殺菌・殺虫、発芽防止などの目的で食品に放射線をあてることをいう。普通、コバルト60のガンマ線を用いる。じゃがいも・たまねぎの発芽止めに効果がある(中略)
〔注〕現在、わが国ではじゃがいものみに放射線照射が許可されている

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

照射じゃがいもは見分けがつかないし美味
 昨年12月に、私は初めて「これは照射したじゃがいも」と認識して自分で料理し食べる機会を得ました。
 私の所属する「食のコミュニケーション円卓会議」という私的な研究会の会員のお1人が、日本原子力研究開発機構にお勤めで、2008年12月5日に開催された第44回日本食品照射研究協議会の講演会のお知らせをしてくださった縁です。この講演会は、なんと照射じゃがいものお土産つきでした。
 一つは粉ふきいもにし、もう一つは薄く切りソテーし、チーズを載せて蒸し焼きにするチーズポテトとして頂きました。もしも知らされていなかったら、通常のじゃがいもと見分けもつかないし、味や香りも変わりませんで、照射したとは気付かなかったでしょう。私だけでなく息子もおいしく、いつもと変わりなく頂きました。

芽には有毒物質が多い
 そもそも、じゃがいもの芽は翌年に子孫を残すために出てくるわけで、秋・冬の間は気温が低く、いわば眠っている状態です。春が近づいて気温が上がったり、室内の暖かなところに置いたりすれば芽が出て来ます。ところが、芽が出るとそれだけ可食部が減り、まずくなります。その上、芽や光が当って緑色になった部分には、ソラニンやチャコニンといったアルカロイド配糖体が多く、有毒です。しかも、ソラニンは分解温度285℃と高く、通常の料理では完全に分解されません。

芽止めの技術は魅力的
 日本では、食品照射はじゃがいもだけに認められています。じゃがいもの芽止め照射施設は日本には士幌町だけにあるそうです。2月前後に照射して日本各地に出荷されるそうです。ポテトコロッケ、ポテトサラダは全国の肉屋さんや惣菜屋さんやスーパー等の定番でしょうから、じゃがいもを室温放置しても芽が出ず、品質が良いことは魅力的です。

士幌農協の方のお話・・・日本における、じゃがいもの照射の歴史
 上記の講演会で士幌農協亀山裕介氏が「芽止めじゃがいもの販売と現状」という題にてお話なさいました。
 昭和48年から士幌で照射が始まったそうです。以下レジュメから引用。

 昭和53年まで15,000t〜20,000t規模で推移したが、昭和54年〜55年に一部消費者団体の反対運動が起こった事により、7,000t〜8,000tにまで減少した。その後はある程度の回復を見せて10,000t〜13,000t規模の出荷量で推移したが、平成12年にJAS法の改正によりガンマ線照射の旨の表示義務が強化され、再び約7,000t〜8,000t台まで出荷量が減少し、平成17年までは横ばいで推移してきた。(中略)
 18年産からの取扱い方針としては店頭での表示を確約頂ける販売先に限定した上で要望数量を積み上げて頂き、店頭では法令に従い表示販売をする、という内容の「確約書」を締結して販売する事とした。
 その結果、平成18年産の要望数量は約3,000tとなり(後略)


 今回のお土産にも、店頭で詰め替えて入れるための、リーフレットが添えてありました。以下はそれからの抜書きです。

10キログレイ(kGy)以下で放射線を照射した食品の安全性には問題がないことが国際的にも確認されています。日本でじゃがいもの芽止めに用いる放射線量は最大0.15kGyで、国で定めた基準にそって慎重に処理を行っています。

私の感覚が変わる
 以前は、私自身が照射じゃがいもを避けたい気分でした。というのは、食物学科を卒業したといっても、「照射食品」の授業を受けたことがなく、分からなかったからです。分からないものは、とりあえず避けようという気持ちでした。
 私は物理音痴なので、また、広島・長崎・第5福竜丸などのイメージが悪過ぎて、「食品照射」ときただけで受け付けなかったのです。
 また、上記の教科書に「安全性が十分確かめられ、許可された」と書いてあれば、「国は安全性を確かめているのだな」と分かるのです。が、専門家が書かれると、余分な言葉は省くので、素人には分かりにくくなりがちと思います。
 お茶の水女子大学の再教育講座も含めて、少しずつ情報を得、試食もし、以前ほど警戒心はなくなりました。

リスクあるいは安全性は科学的にきちんと考えましょう
 「殺虫効果のある遺伝子を組み込んだ作物と、殺虫用の農薬がごくわずかに残っている作物とどちらが良いか?」という問と同じように「照射したじゃがいもと芽止め用の農薬を使ったじゃがいもとどちらが良いか?」という問が出てきそうです。じゃがいもの場合、「芽止めしないでソラニンなどを食べてしまう場合、及び、芽がひどく出て廃棄量が増える場合」と「芽止めのための照射や残留農薬」どちらが賢明か、リスクを科学的に天秤にかけないと、またベネフィトも考えないと答えは出そうにありません。
 今のところ、私が得ている情報の範囲では、選べる状況なら私としては照射の方を選びます。

九州のじゃがいもはどうか?
 1月から近所のスーパーで、長崎産の新ジャガが売られています。ただし、高価です。2月に入り、1日だけの特売品として「1個19円、お一人様10個限り」という安価で出ていましたが、翌日からはまた高値になりました。
 なお、上記講演会のお話では、九州産のものは専業では作らず、安定供給はできないということでした。

食料の価格
 このところ「円高還元セール」ということで、食料品の価格が落ち着いてきましたが、08年8月号に書きましたように、昨年初夏には急騰し、不安でした。
 2月5日、日本学術会議第二部主催 冬の公開シンポジウム「生命を守る医と食の安心、安全のために」の中で、生源寺眞一先生(東京大学大学院農学生命科学研究科長・教授)が「マスコミの煽る食料問題フィーバーは長続きしないだろう。しかし、中長期的には食料の価格の変動は激しいだろう。」「食料安全保障、つまり不測の事態に備えることなども大事。食料が確保されていることは社会の安寧に繋がり重要。」といったことなどお話されました。私も、そうなのだろうなと思いました。そういう意味でも、良い技術は積極的に取り入れることを考えなくてはならないだろうと思います。

輸入に頼っているので、諸外国の事情を無視できない
 上記講演会で得ました『食品照射 Vol.43 No.1,2』の「世界における食品照射の処理量と経済規模」久米民和氏によると、世界ではかなり食品照射がなされていると分かります。日本が食料を頼っている中国は、世界で最も食品照射の実用化が進展しているということです。
 鎖国状態ではないので、過去現在の日本の状況を考えているだけではすまされそうにありません。おいおい食品照射のことも現実問題として考えていかねばならないでしょう。できれば次号に続きを書きたいと思います。


引用文献
『第44回 日本食品照射研究協議会年次大会および技術セミナー/講演会講演要旨』
「新版食物U」中教出版 松元文子・宮崎基嘉ほか8名 昭和55年2月4版発行
主な参考文献
「食品学 食品成分と機能性 第2版」スタンダード栄養・食物シリーズ5
 久保田紀久枝・森光康二郎編 東京化学同人(2008)
「食品加工貯蔵学」スタンダード栄養・食物シリーズ7 本間清一・村田容常編 東京化学同人(2004)
「食品衛生学 第2版」スタンダード栄養・食物シリーズ8 一色賢司編 東京化学同人(2006)
「新 食品衛生学要説 第3版」細貝祐太郎・松本昌雄編 医師薬出版株式会社(2002)
『食品照射 Vol.43 No.1,2』日本食品照射研究協議会(2008)