オトナの食育 所感編 第36回(通巻68回)2011/12/10号掲載 千葉悦子(高28)

 食物アレルギー・・・せっけんや化粧品で抗体が出来ることも
 ―天然・自然信仰を見直そう―


 


 11月14日頃のNHK午後7時のニュースや朝日新聞・日本経済新聞にも取り上げられた、小麦アレルギーのことについて書きます。
 「茶のしずく」というせっけんの旧商品などに、泡立ちをよくし手触りをなめらかにする加水分解小麦が含まれていました。繰り返し使っているうちに、皮膚や目などの粘膜からそれが侵入し、抗体が出来て、小麦を口から摂取すると食物アレルギーの症状が見られるようになったと考えられます。
 私は偶然にも、11月13日に卒業した食物学科の同窓会で、お茶の水女子大学保健管理センター教授、森田寛先生による「食物アレルギーの最近の話題」というご講演を拝聴したばかりでした。そのお話の最後に、この事例があり、私も含め、参加者のほとんどが驚いている様子でした。
 森田先生によると、「WDEIA(wheat dependent exercise-induced anaphylaxis)が起こりやすいのも特徴的である」とのことです。つまり、加水分解小麦が含まれているせっけんや化粧品等を使い続けて、小麦に対する抗体が出来た人が、小麦やその製品を食べて、時間が経たないうちに運動すると、ひどい症状が出ることがある、という意味と思われます。
 小麦アレルギーになった人は気の毒です。まさかそのようなことになるとは、誰も思わなかったのでしょう。素人というか、一般の人はたいがい、「小麦のような普通に食べる天然・自然のものが、体に悪いはずがない」と思いがちでしょう。
 しかし「食品添加物や残留農薬や遺伝子組換え作物のような人工的なものは悪く、昔から食べている食品は天然・自然のイメージでどんな場合も良い」と思い込むのは、この事件が起きたことをきっかけに改めたいものす。 
 いわゆる風邪などを引き起こす異物が体に入ってきたら、それを除こうと鼻水が出て、くしゃみや咳をし、熱も上がりますが、食物も本来、人間にとって異物です。食べ物を食べて、アレルギー反応が起きては困るので、「経口免疫寛容」と言って、口から入った食物に関しては過敏な免疫反応が起きないように、体は出来ています。ところが、今回の事件はせっけんや化粧品に加水分解小麦が入っていたので、経口免疫寛容にはならなかったのです。
 以上のように、ざっと理屈は分かりましたが、 私は事件が起きないうちに想定することは、恥ずかしいですが出来ませんでした。たまたま当該せっけん等を使っていなかったから免れましたが、他人事ではないと怖く思いました。 
 ところで、食物アレルギーとは全く違う話ですが、<もうダマされないための「科学」講義>で、松永和紀氏が担当された「報道はどのように科学をゆがめるのか」から天然・自然イメージの信仰を戒める例をご紹介します。遺伝子組換え作物の「従来の作物と違って長く食べてきた経験のない組換えは安全性が心配」といった危惧に対して、次の部分があります。
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 トマトの改良は凄まじいものがあります。(中略)日本で30年前に食べられていたトマトと現在食べられているトマトも、品種が違います。
 どの作物も大幅な品種改良が行われていて、その過程で何か問題が生じていたとしても、細かいチェックはされていません。大まかな外見や味、収量、栽培のしやすさなどをみて、「よし」と判断しているのです。

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 一部分だけ引用すると、真意が伝わりにくい歯がゆさはありますが、遺伝子組換え作物については様々な安全性の確認がされているのに「野菜は、長年食べてきたし、天然・自然のイメージだから危険は少しもない」などと思い込むのは理屈に合わないと気付いて頂きたいです。
 食品やせっけんや化粧品のような身近な物について、不幸な事件をきっかけに、天然・自然信仰といった思い込みをなくしましょう。お茶の水女子大学食品化学講座の教授である久保田紀久枝先生が、私的な会話で「天然物は何が入っているか分からないから怖い。むしろ人工物の方が、何がどれだけ入っているか分かっているから、安心できる。」とお話しくださいました。
食品化学の専門家がそういう見方をなさる、ということも考え合わせて、日常の商品の選択をしたいものです。
 残念な事件が起きてしまったら、せめて、その原因や背景を理解して、少しずつ賢くなっていけるようにと願い、今年最後の月の「オトナの食育」としました。皆様どうぞ良い年をお迎えください。

■引用文献  
「もうダマされないための「科学」講義」菊地誠・松永和紀・伊勢田哲治・平川秀幸 
  飯田泰之+SYNODOS編 光文社新書(2011)    
■主な参考文献等
「食物アレルギーの最近の話題」森田寛(お茶の水女子大学保健管理センター教授)
   2011年11月13日講演資料
「食品安全ハンドブック」食品安全ハンドブック編集委員会編 丸善(2010)
「スタンダード栄養・食物シリーズ8 食品衛生学 第2版」一色賢司編 東京化学同人(2006)
「食品とからだ 免疫・アレルギーのしくみ」上野川修一編 朝倉書店(2003)
「免疫と腸内細菌」平凡社新書195 上野川修一(2003)
「中学保健体育」文科省検定教科書 中学保健体育科 197学研/保体703 学研(2007)
朝日新聞2011年11月15日朝刊<「茶のしずく」被害深刻」「石鹸に小麦由来成分 アレルギー470人」
   「重篤66人」「遅れた自主回収」
朝日新聞2011年11月15日夕刊<小麦成分入り商品アレルギー「茶のしずく」以外でも>
日本経済新聞2011年11月15日夕刊<「茶のしずく」66人重症 せっけん小麦アレルギー471人>
日本経済新聞2011年11月16日夕刊<「茶のしずく」でアレルギー 消費者庁、注意喚起遅く 
   報告の8ヶ月後>
朝日新聞2011年11月19日朝刊「ニュースがわからん!せっけんでアレルギーが起きているね
   小麦のたんぱく質を分解した成分が原因らしい」
朝日新聞2011年11月24日朝刊<「茶のしずく」が対処の昨年9月以降
   他社17商品は販売継続 現在は自主回収>「危険性 昨年9月把握 小麦由来成分の製造元」
朝日新聞2011年11月26日朝刊 「茶のしずく」発症569人に」「アレルギー学会、注意喚起」