オトナの食育 
所感編 第31回(通巻61回)2011/5/10号掲載 千葉悦子(高28)


昔ながらの食品衛生がまず大事
・「食のリスク」についての基本を押さえましょう
・報道に惑わされず、今注意すべき優先順位を考えて

 
 
 このところ生肉の食中毒が大きく問題になっています。5月7日朝刊の時点で死者が4名とのこと、お悔やみ申し上げます。
 マスメディアの放射性物質の報道を気にしていたら、昔ながらの微生物による食中毒の問題が起きてしまいました。「食のリスク」を考える際、統計上の死者数・患者数などを考え合わせると、まずは今回のような事件が起きないよう、昔ながらの食品衛生について注意することが先決です。このことは、「とことん家庭科―明日につなげる授業実践」の、私の担当部分<いまどきの「食の安全」について考える―リスクを等身大にとらえ、主体的な消費者を目指しましょう>に書きました。
 また、私が大学生などに食について教えるとき、いつもこのことは最初の方で話します。現在の日本では、食べ物で死ぬ場合があるなど、なかなかイメージ出来ず、若い人を中心に「食」を安易に捉えがちと思います。しかし、たとえば私の祖母のきょうだいは、東京築地にある波除(神社)様のお祭りの日、朝まで元気だったのに、その日のうちに死んでしまったということです。一種の食中毒が原因と思われます。そういう身近な例などを語り継ぐ必要がある、と改めて思います。

○基本は加熱料理
 生で食品を食べるということは、それだけリスクが高いので、加熱料理を基本としましょう。小学校家庭科の学習指導要領では、生肉・生魚は加熱料理をする場合でも、取り扱わないことにしているほどです。

○生で食べる場合は細心の注意を
 手を念入りに洗う、野菜などの食材はよく洗う、生肉・生魚等を扱うまな板は他の食材とは別にする、包丁はよく洗い殺菌する、食材の温度管理等、当たり前のことを一つ一つきちんとします。
 商家に育った義母から「安いものには、それなりの理由がある。私は商人だったからよく分かる。衣類なら安くてもかまわないけれど、食べ物には特に気を付けて。」と子どもが幼い頃、言われました。「もっとも」と思います。

○生食可能なものか、再考を
 そもそも生食可能なものかどうか、再度考えましょう。今回問題になっている腸管出血性大腸菌O111に近い、以前から問題になっているO157は、「ウシ・ヒツジ・ブタなどの家畜やヒトの腸管内に存在し、家畜の解体処理時に腸管を傷つけた場合、腸管内容物が食肉に付着する。ヒトまたは家畜のふん便が水を汚染することなどが感染の原因である。(中略)O157はウシ以外にも、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、シカからも検出されている。さらに、ブタ、ヤギ、ニワトリなどからはO157以外の血清型の腸管出血性大腸菌が検出されている。」と「食品衛生学 第2版」にあります。
 数年前、私が所属する勉強会での食事会で、獣医であり食品安全委員会の専門委員でもある唐木英明先生は、鶏肉料理などをご一緒に頂く際は、食中毒をたいへん気になさっていました。危険性を熟知している方だからこそ、怖くて安易に食べられないということのようでした。

○リスクは白黒判断でなく、グラデーションのどのあたりか、といった量や確率の考え方を基にしましょう 
 一般には「安全」と思われている食品であっても、ごく微量の危険な物質が入っていますし、また、純度の非常に高い塩・砂糖・油であっても、とり過ぎれば病気になり、いっぺんに多量に塩をとれば死にも至ります。
 「食のリスク」について白黒判断するのは無理で、冷静に「どの程度か?」と考えなければ的確に捉えられません。

○放射性物質の量を考えずに怖がり過ぎれば、内外からの風評被害に
 大震災前までは、根拠のない極端な食についての国産信仰がありましたが、震災後、参考文献等に示すように、諸外国は日本の食料や製品について、神経質になっています。今は、日本人が食の安全、言い換えると「食のリスク」について冷静で公平な考え方を身に付けるチャンスとも考えられます。まさに、ピンチをチャンスに変える好機と私は捉えます。

○小学生でもわかる風評被害の愚かさ
 ここ1か月で一番心に残った新聞記事は、朝日新聞4月27日朝刊の第2東京面
<朝日小学生新聞リポーターから 福島産食べないのは「いじめ」練馬区 東智美さん(5年)>の次の部分です。
 安全といわれても福島の野菜を食べないのは「いじめと同じ」だと思う。
 「確かめてないことをダメだっていうのは、ダメだと思います。」
 放射性物質についての国の基準は、非常に安全側に立ったもので、その基準に合ったものだけが流通するわけですから、この小学生のことばは重いと思います。前回の「オトナの食育」でも書きましたが、ずっと食べ続けても十分安全な量を基準としているので、うっかり基準値を少し上回る物を1~2回食べても大丈夫なのですから、「基準値違反のものが流通」という報道があっても、大規模でなければ冷静でいたいと思います。

○5月号の終わりに
 朝日新聞5月4日朝刊「朝日新聞紙面審議会 11年度第1回 原発 検証と提言を 原油にかかわる中東注視 国際報道」の記事の土井香苗委員の次のことばを重く受け止めます。
 日本は他国との相互依存によってしか生きられない国家に変わりつつある。多国間の中で日本の役割を見据えるためにも、国際情勢に対する国民のリテラシー(判断力)を高めるしかない。
 食についても、国際情勢を考え合わせないと、適切な判断はできません。
食料自給率がエネルギーベースで約40%、エネルギーについてはずっと少ない日本ですから、これまでのように、非関税障壁と批判されるほど、安全と言うより安心を重視した食品をいくらでも輸入できて、食料が安価に十分確保できる状態が続くと思い込んではいられません。そうなると上記のように、リスクは白黒判断でなく、グラデーションのどのあたりか、といった量や確率の考え方を基に冷静に考えざるを得ません。
 このあたりについては、次号でもっと説明したいと思います。
■引用文献等
スタンダード栄養・食物シリーズ8 「食品衛生学 第2版」一色賢司編 東京化学同人(2006)
朝日新聞2011年4月27日朝刊 第2東京<朝日小学生新聞リポーターから
  福島産食べないのは「いじめ」練馬区 東智美さん(5年)>
朝日新聞2011年5月4日朝刊 「朝日新聞紙面審議会 11年度第1回 
  原発 検証と提言を 原油にかかわる中東注視 国際報道」
 
■主な参考文献等
「とことん家庭科―明日につなげる授業実践」家庭科の授業を創る会編 教育図書(2009)
食品安全委員会H.P. 
  ★東北地方太平洋沖地震の原子力発電所への影響と食品の安全性について(第37報)
  ・腸管出血性大腸菌による食中毒に関する情報
   http://www.fsc.go.jp/sonota/tyoukan-shokuchu.html
  ・食中毒予防のポイント 腸管出血性大腸菌  関連情報1(食品健康影響評価のためのリスクプロファイル
   ~牛肉を主とする食肉中の腸管出血性大腸菌~)
FOOCOM.NET  http://www.foocom.net/
 ・超訳・放射能汚染1〜疫学が示す「年間100mSv未満は大丈夫」4月24日 松永和紀
  ・国のメッセージはずれていないか?〜腸管出血性大腸菌食中毒 5月6日 松永和紀
日本経済新聞2011年4月11日朝刊「ナゾ謎かがく 弱い放射線を長く浴びると?    生物への影響は小さく」
朝日新聞2011年4月18日朝刊「大震災と経済 復興へ向けて アジア商機 急停止 
  日本の食 輸出開拓の最中」「医療ツアーぱったり/ ロケ地観光 練り直し 新成長戦略先行き暗雲」
日本経済新聞2011年4月19日夕刊「生鮮食品の輸出停滞 
   サバなど原発事故で需要減 農水省、見本市出展も中止」
朝日新聞2011年4月20日朝刊
  「ニュースがわからん!毎日の食べ物、放射能は大丈夫?
    基準を超えたものは店には並ばない仕組みだよ」
日本経済新聞2011年4月23日朝刊
  「出荷制限 千葉産野菜を解除 3週連続で規制値下回る」
朝日新聞2011年4月23日朝刊<放射能毒りんご「日本から来たの?」  総領事館、英字紙に抗議>
朝日新2011年5月1日朝刊「ニュースがわからん!ワイド 風評被害、深刻になっているね
  農産物や観光に大打撃。人への差別まで起きた」
日本経済新聞2011年5月2日朝刊「震災に立ち向かう Q&A 放射線 健康への影響は?
  100ミリシーベルト超リスク上昇 食品規制、あえて厳しく」 
日本経済新聞2011年5月2日朝刊「核心 食料高に揺れる世界 」<「新しい飢餓」、金融政策問う>
日本経済新聞2011年5月3日朝刊「企業は活動維持を/家庭の節電カギ 専門家に聞く」
日本経済新聞2011年5月3日朝刊「容器の不足 食品に打撃 納豆・ビール・牛乳」
朝日新聞2011年5月4日朝刊「放射線検査証求められ 調味料 中国に届かぬ」「カップ麺の隠し味不足
  日本の食 生産ピンチ」
朝日新聞2011年5月4日朝刊「輸入規制見直し EU委員が言及」
朝日新聞2011年5月4日朝刊「風評被害防止へ ソウルで説明会 原発事故で日本政府」
朝日新聞2011年5月5日朝刊「ニュースがわからん! 放射能 時間がたてば減るんじゃな
  放射線を出して減る。物質により時間は違うよ」
日本経済新聞2011年5月7日朝刊<ニュースにチャレンジ 暮らしと科学の問題 
  放射線が怖いっていうけど どうして? 身の回りにも微量、役立つ用途も 細胞傷つき病気にも
  「シーベルト」で管理>
生肉食中毒関連新聞記事
日本経済新聞2011年5月2日朝刊「焼き肉店食中毒 福井でも男児死亡 富山と系列 生食用でない肉提供」
朝日新聞2011年5月3日朝刊「横浜でも重症入院 食中毒の焼き肉店 富山で捜査本部」
日本経済新聞2011年5月4日朝刊「焼き肉店食中毒 神奈川でも6人症状 3件で計63人 富山県警、社長を聴取」
朝日新聞2011年5月5日朝刊1面「生肉食中毒 40代死亡 死者3人に 汚染、仕入れ前か」
  「飲食店の規制強化へ 厚労省」
朝日新聞2011年5月5日朝刊31面「店舗検査で菌出ず 肉、業者が各店直送」「ユッケ自粛する店も」
  <「責任を感じる」チェーン会社幹部>「生食牛肉 正規出荷なし」
朝日新聞2011年5月6日夕刊1面「生肉食中毒 午後捜索 出荷元も任意聴取へ 
  業過致死傷容疑 死者計4人に」「生食に罰則付き新基準」
朝日新聞2011年5月6日夕刊13面<ユッケ「つまんだ程度」死亡男児の父「なぜ」>
  「横浜でもO111検出」「肉の生食、食中毒頻発」「食肉業者、菌検出なし 出荷肉は検査できず」
日本経済新聞2011年5月6日夕刊「食中毒の焼肉店 保健所指導に従わず 生肉表面の除菌怠る
  富山の70歳女性死亡」「焼肉店など緊急調査へ 都道府県に厚労省要請 衛生状態など」
朝日新聞2011年5月7日朝刊「生肉食中毒 一斉捜査 富山・福井 汚染経緯解明へ 業務致死容疑」
  「低価格へ一括仕入れ フーズ社」「患者 計99人に」「焼肉酒家えびす協会に所属せず」
  <「安全確認まで生食は控えて」蓮舫消費者相>
朝日新聞2011年5月7日朝刊「韓国のユッケは? 食堂へ特別検査 違反で業務停止」
朝日新聞2011年5月7日朝刊「一からわかる 牛肉の生食 Q O111、なぜ怖い 子や高齢者重症化も 
  Q なぜ食肉に菌がつく 解体時に表面に移る Q 食べてもいいのか 表面削り基準守れば」
日本経済新聞2011年5月7日朝刊3面「生肉食中毒 焼肉チェーンを捜索 業務致死容疑
  都内の卸業者も」「生食 法規制なく 現場任せ限界」
日本経済新聞2011年5月7日朝刊31面「残ったユッケ 翌日も提供」「焼き肉チェーン捜索」
  「食の安全、意識低く」<「しばらく注文しない」焼肉店の客、ユッケ敬遠も」
日本経済新聞2011年5月7日朝刊31面「Q&A O111はどんな細菌?腸管で毒素出し出血/十分加熱すれば死滅」