オトナの食育 所感編 第13回(通巻42回)2009/10/10号掲載 千葉悦子(高28)

健康的な食生活を選択するために
―自由は知識や知恵の上に成り立つ・良質な情報や考え方を積極的に求めましょう―

 
クレブス卿のお話しを伺って

 先月、シルバーウィーク最終日に東京大学安田講堂で開催された「クレブス卿特別講演会&パネルディスカッション 食と科学―生命の対話―」に出掛けました。ジョン・クレブス卿は、食品安全関係でご活躍のイギリスの上院議員で、『グルメな類人猿』と題して講演なさいました。続くパネルディスカッションは『食の安全に向けて我々は何をなすべきか』について、クレブス卿を交え、日本の食品安全委員会委員長をはじめ、様々な立場の日本人6名がお話しなさいました。

先進国は肥満が世界的に問題・国は情報提供するだけ
 講演の中で特に印象に残りましたのは、<イギリスを含め世界の先進国では肥満が大きな問題になっているが、国は人の生き方には介入せず、ただ
「健康的な選択をしてください」と情報提供するだけ
>ということです。
 たしかに、国が「何をどれだけ、どういう風に食べるか?」などといった個人の生き方に介入したら、自由がなくて困ります。国のやり方は、クレブス卿がお話しする通りが良いと私も思います。

教育の場で健康的な食についてしっかり教える予算・人・時間の確保を
 そうは言っても、教育の場では丁寧に説明し「こういう食生活が健康的で、選択してほしい」と導く必要があると思います。しかし、現状では十分情報提供できていないと思います。「食育」ということばが強調されても、実際には人も予算も時間も乏しく、食分野を含む家庭科の時間数は減少傾向です。
 私は小学校の教員を目指す大学生を教えて、食の知識も知恵も調理技能も少ない人が多数と感じます。日経のネット調査を基にした記事を見ても同様の傾向があります。
 最近、たとえば「糖類ゼロ」「糖質ゼロ」をウリにする飲料が流行りですが、「糖類」と「糖質」の違いを「知っていた」のは上記ネット調査では1割強、知らなかった人が半分以上です。栄養にも化学にも関心のない人が学校時代、圧倒的多数でしょうから、この結果は無理もないと思います。
 このように、大人に知識がないのですから「食生活といったことは、家庭で教えるべき。だから学校で時間をかけなくてよい」といった論は成り立たないと考えます。

時代とともに食の状況が違うので、家庭だけに任せておけない
 「昔は学校で食育などしなくても、十分うまくいっていたのでは?」というご意見もあるでしょう。が、昔と今とでは状況が違います。
 まず第1に、料理をしなくなっている現状があります。外食や中食が増え、家庭での料理の伝承ができなくなっています。
 しかも、子どもたちが低年齢の頃から習い事や塾通いで、夕食準備の時間帯に家におらず、中学生以上になると部活動などで忙しくなります。世の中全体に、受験勉強や選手としての運動に価値を置き、「料理など、だれでもできるようになるから」と後回しにしがちです。かくて、何もできないうちに大学生の年齢となり、料理をしたことがないまま親になる、という悪循環に陥りがちです。

選択肢が増えれば、知識や考え方もより必要
 クレブス卿の講演の中で「イギリスの消費者が選択する果物と野菜は、
1950年に比べ2001年は、非常に種類が増えた
」というのがありました。
また「食品の価格は相対的には下落している」と説明なさいました。どちらも日本に当てはまります。海外も含め遠くからの様々な食品が店頭に並び、食品を買う経済力もあれば、選択肢が増えます。
 自分の家の田や畑でとれるものを中心とした昔の食生活とは大違いです。
こうなりますと、「肉をたくさん買う経済力はあるけれど、ほどほどにする。
肉ほどおいしいと感じないが、野菜も買って食べる。」といった知識に基づく健康的な選択の必要があります。
 その上「糖類ゼロ」「糖質ゼロ」と表示された飲料のような、昔なかった商品がたくさん出てくるので、知識がなければ適切に選ぶことができません。企業にしてみれば無知な消費者をイメージという煙に巻いて、一儲け出来るので好都合でしょうが、世の中全体では「無駄遣い」であったり、使い方によってはかえって健康を害したりする場合もあるでしょう。

無駄な知識ばかりでなく、本当に大事な知識を得る努力を
 私は今年8月に島根県の中高家庭科の先生方に食の安全についてお話しし、
浜田市・松江市などに行きました。化粧も服もことばも東京と違いを感じませんでした。流行が日本の隅々に届く、そういう国であると思います。
 突拍子もない例かもしれませんが、私と同じような年代ですと、「山口百恵の伴侶は?」「松田聖子の最初の伴侶は?」などという問いに答えられない人を探すのが大変でしょう。この種の情報は全国的にもれなく広がるのです。ですから、上手にすれば必要な知識は広まるはずです。
 とはいえ、企業の宣伝や、その力に左右されるメディアに身を任せているのでは、なかなか本当に大切な知識や考え方が得られません。

講演会、講座等の積極的な利用を
 良質な講演会や講座に参加すると、メディアの醸し出すイメージとは異なる本質に迫る情報や考え方を得られることがあります。私自身は、再教育講座や、食物学科の同窓会での先生方のお話し等により、最近の食の安全の事情に以前より明るくなりました。
 養老孟司氏が「本質を見抜く力 環境・食料・エネルギー」で<「正しい受け取り方」はあっても、「正しいやり方」はない>と言います。なるほどと思う反面、「正しい受け取り方」自体も、凡人が自分の頭で考えただけでは難しいでしょう。受け取り方自体も、学校教育や講演会などでヒントを与えらないと、個人にとって健康的でかつ持続可能な社会に向けての選択に近付けないと思います。
 9月号でご紹介した「食のコミュニケーション円卓会議」の公開講座―安井至先生の講演―は、まだ席に若干余裕があるので、皆様もよろしければご参加ください。質疑応答の時間も予定しております。この質疑応答というのは、一般的に「正しい受け取り方」を養ううえで、非常に役立つことでしょう。
 「食欲の秋」かもしれませんが、皆様どうぞ「ほどよい食生活」をお送りください。
 
引用文献
「本質を見抜く力 環境・食料・エネルギー」PHP新書546 養老孟司・竹村公太郎(2008)
主な参考文献等
「クレブス卿特別講演会&パネルディスカッション 食と科学―生命の対話―」資料 2009年9月23日
  主催:東京大学大学院農学生命科学研究科 食の安全研究センター/アグリコクーン
日本経済新聞2009年9月19日<脂肪・糖類…「ゼロ」にこだわる?
あなたはどっち ネット調査の結果は 「糖類」「糖質」表示に戸惑い>