オトナの食育 所感編 第1回 2008/10/10号掲載    千葉悦子(高28)


 食の安全について冷静に考えましょう
イタリア旅行を9月にして、食について考えましたこと

 

      
 9月7日から2週間、イタリア旅行に参りました。銀婚式の年なので。
そのため9月号の原稿は早く仕上げまして、事故米のことなど書けず、すみませんでした。
 旅行中、日本のテレビを全然見ませんでしたから、報道の仕方がどうであったか直接は分かりませんが、大げさであったことが教えている大学生の反応や、私の所属する食の安全に関する研究会のメーリングリストなどから伺えます。

T.最近の食の安全関連事件について
1.事故米についての冷静な判断を

 新聞の報道が正しいなら、農水省の責任は問われるべきと思いました。
が、事故米やそれを使った製品を食べたとしても、健康上問題が起きない程度であり、過剰反応は問題であると思います。監督官庁の責任と、食べて安全かどうかは、別問題であるという考え方をすることが必要です。
 もちろん一番の悪者は、分かっていながら事故米を食用に転用した会社だと思います。誰しもこういうのには「激しい怒り」の感情が起きることでしょう。しかし、この感情に用心したいものです。感情に流されると、科学的・合理的に考えるという思考回路が断たたれてしまいがちだからです。こういうときこそ、冷静さが必要というものです。

2.食品安全委員会HPの活用
 「食べても大丈夫か?」という問には、食品安全委員会HPに丁寧な説明があります。たとえば「残留基準値(0.01ppm)の6倍ものメタミドホスが検出されたお米を、食べても大丈夫と言えるのはなぜ?」を載せています。それによると、体重50kgの人が、0.06ppmのメタミドホスを含む事故米を1日185g(日本人の1日平均米消費量)、食べてしまった場合の農薬摂取量は、ADIの1/3とあります。なお、ADIとは、acceptable daily intake、一日摂取許容量でして、人が毎日、一生涯、食べ続けても、健康に悪影響がでないと考えられる量です。
 たとえば高校生である息子の場合、米の摂取量が平均の2倍くらいありますが、体重も50kgより多いですし、仮に事故米を食べたとしてもADIの2/3以下と考えられます。
 さらに、牛乳に混入したメラミンの問題についても、同HPにきちんと説明が載っています。

3.リスクについての考え方の基本をお忘れなく
 朝日新聞9月28日朝刊「心体観測 常識ずらしの心理学K 人生は一本道ではない」に次の文があります。
 リスクの考え方は様々ありえるが、負の出来事(危険なこと)とその起きる確率のかけ算だと考えてみよう。
 この考え方がまさに食の安全を考えるときの基本です。リスクをハザード、言い換えると「危険なこと」そのものだと勘違いしてきたことが、混乱の主因でした。危険なことが起きる確率も考え合わさないと、リスクを正しく考えていることになりません。
 食品以外なら、皆が無意識のうちに判断・行動の基にしていることです。
たとえば、飛行機が落ちる可能性はゼロではないでしょうが、その確率はきわめて低いと考えて飛行機に乗りますよね。また、交通事故の確率も低いということで、自動車を使います。
 「2.食品安全委員会HPの活用」に書きましたのは、この考え方に拠るものです。


4.騒ぎ過ぎは、消費者のためにならない ・・・無理が通れば道理が引っ込む
 日本では「食べても大丈夫」なレベルなのに、必要以上に騒ぎ、「チャイナフリー」(中国製品、中国からの原料を使わない)を闇雲に求めるのは、消費者のためになりません。食料自給率がカロリーベースで40%であり、輸入のうち過度に中国に頼っている現状がある中、「チャイナフリー」を求めると、食べるものが無くなったり、国産品が高騰したり、中国産なのにそうでないと偽ることが多くなることが予想されます。また、無理やり急に中国以外から輸入となると、より品質が良くなる保障もありません。長期的には、中国だけに過度に頼らない体制を整える必要があるのでしょうが・・・。
 さらに、中国製品は違反が多いと感じられますが、実は違反率は米国をはじめ他の国の方が高いのです。米国産のナッツやトウモロコシ等に強力な発がん物質であるアフラトキシンがよく入っていても、マスコミが取り上げないから、国民の多くが知らないだけです。
 また、お茶の水女子大学再教育講座や食の安全についての研究会などで出会った食品企業の方々は、皆さん誠実です。マスコミをにぎわす「問題を起こす会社」は少数で、大部分は科学的な安全性を考え、事故等が起きないように注意しながら品質管理を行っていると考えてよいでしょう。
 マスコミにとりましては「(世間にとって)悪いニュースが(耳目を集め、視聴率が上がり、部数が伸びる)良いニュース」という宿命があるので、連日報道されても、割り引いて受け取るようにしたいです。
 なお、9月6日の朝日新聞に、韓国では牛肉の安全性について「健康被害への恐怖心をあおって視聴率を稼いだ」などとして、テレビ局を提訴したという記事がありました。そういう考え方も出てきたせいか、また、安全性について科学的な見方ができるようになってきたせいか、新聞記事には「今回の量では食べても安全」という主旨のコメントの併記が見られます。
 まじめに品質管理して、より良いものをできるだけ安価に安定供給しようとしている方々は、「チャイナフリーに」「なにがなんでも国産」「天然は最善」「無添加が最善」という感情的で短絡的な考え方に、やる気を無くすのです。そういう立場の方が書いても信じてもらいにくいでしょうから、教員という中立な立場の私が今回書くことにしました。

U.イタリア観光で肥満について考える
 「事故米」「牛乳のメラミン」に気を取られるより、「油断しやすい10月の微生物繁殖による食中毒」「肥満」「バランスのよい食事」について考えて、対処・実行する方がずっと大事です。
 私は9月にローマ・フィレンツェ・ヴェネチアの3都市に泊まり観光しました。世界中から観光客が大勢集まっていました。中高年は太り過ぎている人が多かったです。もちろん、観光する経済力のある人とイタリア人だけの話ですが・・・。
 毎日3食洋食で、1回だけ中華にしました。私は、体重は14日間で1kg強太り、その後10日間くらいでもどりました。夫は、毎日たくさん歩いたせいか、お腹の周りがベルトの穴1つ小さいサイズになったそうです。
 夫婦の差は食事と運動で説明できます。普段の家庭生活では私が主に家事を行い、夫はゴロッとしていることが多いし、外にいると「良い夫」を演じる習慣がある夫は、旅行中マメだったからと思います。さらに、夫は晩に1人で散歩して街を楽しみ、私よりたくさん歩きました。また、出された
食事は残したくないので、夫が残すとつい食べ、旅行中はよく食べました。
 料理1人分がすごく多いです。夫と1人分を2人で食べました。格式の高くない気楽なレストランで周囲を見ると、ドイツ人らしい若いすらりとしたカップルは1人分を2人で分け合っていましたが、中年以上の白人は、大きなお皿の料理を1人で食べていました。しかも、何品も食べるのです。前菜・スープ代わりのパスタ・メインディッシュ・ときには甘いデザートも!
 18年前にアメリカ西海岸に行ったときも、1人分が多くてビックリでした。だから中年以降、あんなにでっぷりするのだと思いました。
 アリタリア航空を使いまして、黙っているとたっぷり食事を盛り付けてくださるので、すっかり忘れている英語を思い出しながら、何とか意思表示をし、少なめにしてもらいました。
 旅行前半は夏の気温であったため、ジェラードをよく食べました。本当の果物が入っていることも多い、おいしいものです。私たち夫婦はSサイズ(2ユーロくらい、アイスクリームサーバー2つ分)を分け合うのですが、多くの人たちはMサイズ以上を1人で食べていました。シスターもジェラードを食べながらニコニコ歩いていました!もっとも、座って食べると何でもより高価なので、そういうことになる面があります。
 量の多さが第1に問題ですが、質の問題もあります。前菜を供する前に、給仕の方がオリーブオイルを回しながらたっぷりかけていて驚きました。
オリーブオイルはオレイン酸が多く、肉の脂よりずっと健康的とはいえ、量が多ければエネルギーと脂質の摂り過ぎになります。日常食は、本場の料理を真似すればよいというものではないと思います。
 帰りの免税店で、いわゆるブランド物のベルトを買おうとしたら、店員さんがサイズをいろいろ探した後、10センチ以上大きいのに“This is smallest.”と聞き取れることを言い、愕然としました。日本人が買いあさった後だっただけかもしれませんし、ローウエストが流行しているからなのかもしれませんが、こんな大きなお腹周りではたいへん!と思いました。
 改めて「肥満」の人が多い、ということが分かりました。

V.なぜ大事なことが伝わりにくいのか?
       ・・・バナナダイエットの例を挙げて

 バナナダイエットはどんどん話が伝わりバナナが品薄になるほどなのに、どうして事故米や牛乳中のメラミンの危険性に関することが載っている食品安全委員会HPの存在は知れ渡らないのでしょう?これは難しい問です。
 朝日新聞9月21日朝刊「心体観測 常識ずらしの心理学J うわさ=重要さ×曖昧さ」に次の記述があります。
 アメリカの心理学者、オールポートらはうわさ流布についての公式を提案した。
 「R=i×a」である。
 Rはうわさの流布量、iは重要さ、aは曖昧さを表している。重要で曖昧なことはうわさになりやすく、重要でも曖昧ではないものや、曖昧でも重要でないことはうわさにならない。

 バナナダイエットは、まさにこの公式に当てはまります。ダイエットは多くの人にとって重要ですし、ダイエットに効くかどうかは、曖昧です。 
たとえば「食品学 食品成分と機能性」という文献でバナナの記述を読んでも、そういうことは載っていません。ネット上、納豆のときと違い、うそでもないらしいことは出ていましたが、あくまで「ネット」ですから、私も確信は持てません。
 それに対して、食品安全委員会HPは、この分野について比較的通じている人にとっては重要な情報源である反面、ほとんどの国民はまだその存在を知らないのではないでしょうか?ただし、これは教えている学生の反応を含めた私の推測であり、きちんとした統計を見たわけではありません。
 それから、食品安全委員会HPはしっかり書かれていて、曖昧さが全然ありません。その上、堅い話でとつきにくいでしょう。
 心理学について素人の私なので、今回の引用が適切かどうか分かりませんが、あまりによく当てはまるので、書き添えました。
 なお、バナナに関してネット上にも良質と思われる読者や識者のコメントが載っていましたが、そこまで読んでいない人が多いから「品薄」になり、パニックになると思うので、私なりの見解を書き添えます。
 これまでの食事にただバナナをプラスするだけなら、太ります。ジャンクフードをはじめ太りやすいものをぐっと控えて、バナナを食べるなら、健康的なダイエットになるでしょう。特に、今まで果物を召し上がらなかった方がそうするなら、体調が良くなることでしょう。ただし、バナナだけが良いのではなく、なし・りんご・みかん・柿などの果物もそれぞれの良さがあり、いろいろな果物を組み合わせると、より良いと思います。
 儲からなくてかまわないし、スポンサーがないので自由にものが言える同窓会のメルマガやHPならではの「所感」が書けたと思います。

引用文献等
朝日新聞08年9月6日朝刊[テレビ局を韓国市民2500人が提訴「牛肉不安あおった」]
朝日新聞08年9月21日朝刊「心体観測 常識ずらしの心理学Jうわさ=重要さ×曖昧さ」サトウタツヤ 
朝日新聞08年9月28日朝刊「心体観測 常識ずらしの心理学K人生は一本道ではない」サトウタツヤ 
食品安全委員会ホームページ: http://www.fsc.go.jp/  トップページ「重要なお知らせ」

おもな参考文献等
「公衆栄養学 第2版」スタンダード栄養・食物シリーズ14 大塚譲・河原和夫・小松龍史編 
    東京化学同人(2008)
「食品衛生学 第2版」スタンダード栄養・食物シリーズ8 一色賢司編 東京化学同人(2006)
「食品学 食品成分と機能性」スタンダード栄養・食物シリーズ5 久保田紀久枝・森光康二郎編 
    東京化学同人(2003)
朝日新聞08年9月6日朝刊「有害米 食用と偽る 大阪の業者 転売、菓子・焼酎に」
朝日新聞08年10月3日朝刊「時時刻刻 きょうがわかる 
  バナナ品薄 回復に難題 好況の中東、日本脅かす ブーム一瞬すくむ業界 低カロリー高い栄養価」
日本経済新聞08年10月3日夕刊「農水職員 接待・手土産12人 食料業者から 倫理法に抵触か」
日本経済新聞08年10月4日朝刊「事故米240トン焼却を開始 農水省」
食品安全委員会e−マガジン 第115号 平成20年10月3日 内閣府食品安全委員会事務局 発行
食品安全委員会ホームページ: http://www.fsc.go.jp/ 
食品の安全性に関する用語集(改訂版追補)
『東京くらしねっと 07年10月号』No.126 科学的な目を持とう  松永和紀 東京都消費者センター
ブログ「ちょいワク食ノート」URL:http://blogs.yahoo.co.jp/teckno555
 08年9月21日「事故米という言葉を知った」