オトナの食育 所感編 第33回(通巻64回)2011/8/10号掲載 千葉悦子(高28)
大震災後、今私たちが必要なこと、その3


      
 
 先月書きました、我が家の緑のカーテンは7月末にそれらしくなりました。8月に入り、きゅうりが日ごとに大きくなる様子が見られ、心楽しく、家族の会話も弾みます。
 ここ1か月、オトナの食育8月号で、私なりに食品の放射性物質について、きちんと書けるようにと、新聞を比較的丁寧に読み、可能な日はNHKの午後7時のニュースなどを見ました。そして、次のことを書かないわけにはいかないと考えました。

「純粋な科学」と「現実に即した規制のための科学」がある
 数年前、再教育講座で拝聴して、なるほどと思いましたのが、この2つの科学の違いです。科学というと、一般的には前者を指すでしょう。事実―言い換えるとデータ―に基づき、厳密に検証して行きます。
 しかし、現在の科学では厳密には分からないことがたくさんあるし、それでも何とか健康に過ごせるように、分かっていることを基に、基準を決める必要が現実にはいろいろあります。
 福島の原発の問題が発生して、後者を考えなくてはならない状況にあります。というのは、7月号にも書きましたように、「これまでのデータでは、放射線年間100mSv(ミリシーベルト)未満の場合、がんのリスクについて統計誤差のレベル以下」、つまり、「純粋な科学」では分からないのです。
 しかし、分からないからと言って放置できません。日本に住む人々が健康でずっと暮らせるように、食品や水の基準値を決めることは大切です。そこで7月下旬、食品安全委員会から見解が出ました。

「純粋な科学」と「現実に即した規制のための科学」
  があることを 前提に考えないと、より混乱、
 「予防原則」一辺倒では、生活全体を考えると問題がある場合も

 「この2つの科学に携わる学者同士、非常に仲が悪い」という話を再教育講座で
唐木英明先生がお話してくださいました。
 私が科目等履修生として後輩に交じって「食品衛生学」の上野川修一先生の講義を伺い、ある質問しましたら「その可能性は否定できない」というご回答を頂きました。私は、まだ、唐木先生をはじめ、再教育講座のお話を伺う前だったので「可能性はあるのだ」と受け取りました。しかし、後に、農学部に進み、その方面の大学院生となった長女に聞くと「その可能性は否定できない」というのは「その可能性は非常に低い」といった意味とのこと。
 「純粋な科学」の科学者に使われる表現が、どういう意味かを知らないと、間違って受け止めてしまいます。
 また、「予防原則」というと、耳触りが良く、非常に狭い範囲で考えればそうなのですが、「予防原則」と称して過剰に予防すると、生活全体では他のリスクが増える場合が多々あります。
 たとえば、高齢者が住み慣れた地域から離れて、原発から遠い所で暮らすと、そのこと自体がストレスになり、かえって寿命を縮め、生活の質を大幅に下げることになります。放射線の研究をしている知人から「チェルノブイリの事故後、高齢者は元のすみかに住んでいる人が結構いるし、その方が幸せだし、長生きもしている。」といった話を聞いたことがあります。
 その知人は最近、福島県内の、とある保育園で、父母にお話をされました。保育園ですから、親御さんに仕事があって、子どものために他地域に逃げ出すことなど出来ません。親のせいで子どもの将来を台無しにしてしまっているのではないかと、たいへん心配されている様子がひしひしと伝わってきたそうです。
 園長先生の一番の悩みは、「毎日自分達で測っている園庭の線量値などの条件を見る限り、そろそろ外で遊ばせてもいいのではないか、窓だって開け放っていいのではないか、と思っても、心配で猛反対するお母さんが一人いらっしゃって、なかなかそれができない、ものすごく抗議されてしまってほとほと困っている。」そういう空気を変えて、保護者の皆さんと冷静に話し合って、納得の上で「正常化」していくきっかけになれば・・・ということもあって講演を依頼された、ということです。

牛の全頭検査は本当に必要か? 荒茶の規制は非常に厳しいままで良いか?
 全体を見渡して考えるべき

 検査には、手間も資源もお金もかかることを忘れてはなりません。検査に係る企業はビジネスチャンスでしょうが、一般の生活者にしてみると、税金あるいは牛肉の価格に跳ね返ってくるので、「検査すればするほど良い」と単純に考えるわけにいきません。全頭でなく、抜き取り調査でも十分ではないか?という考え方もあると思います。
 日本経済新聞2011年7月29日朝刊「風に乗りセシウム付着 汚染わら流通、被害拡大 肉食べても健康リスク低く」に次の部分があります。
 これまでに検出された牛肉のセシウム濃度の最大値は1キログラム当たり4350ベクレル。岩手大農学部の佐藤至准教授は「この牛肉を1キログラム食べた場合の被曝量は0.05ミリシーベルト。健康へのリスクはゼロではないが、十分に低いレベル」という。
 日本経済新聞2011年8月1 日朝刊<核心 中国の「安全」なじれぬ日本リスク摘む司令塔の不在」に次の部分があります。
 消費者は放射能のリスクゼロを求めて牛肉などの食品検査の厳格化を望む。生産地の自治体などが安心を買うため全頭検査に踏み切る事情は無理もない。(中略)
 安全基準を超えた牛肉の流通は限られ、同じ人が連続して汚染牛肉を口にし続ける事態はありそうもない。全頭検査でなくても食へのリスクは十分に小さくできるのではないか。
 むしろ、対策の手抜かりに泥縄的な対策を重ねる中で、ヒトやカネを投じるべき本当に大切な安全対策が見落とされてはいないか心配になる。
 社会システムの全体を見渡し、様々なリスクを比較考量することが必要だ。(後略)

 「牛」を「茶」に置き換えれば、静岡県出身の韮高同窓生は、危機感が増すでしょう。初夏に、荒茶の規制値が高過ぎるのではないか?といった問題が起きました。「非常に高価でも、非常に安全性が高くて、安心できるものが欲しい。」という人もいれば、「高価では買えない。安全性は現実的に十分確保できていれば、それで良い。」という人もいるでしょう。前者の声ばかり聞いて、後者の声を無視すると、現実的でない、とも考えられます。

リスクについての考え方の基本を知り、一人一人が
 自分や自分の家族のためによく考えることが大事

 朝日新聞2011年7月28日朝刊に森達也の「あすを探る 社会 後ろめたさが視界を変える」という文章が載っています。3月11日以降、諸々の問題が起きたことは非常に残念ですが、起きてしまったこと自体は変えられないので、森氏の次の部分を大事にしながら、一人一人がよく考えることが大切と改めて思います。
 (前略)冷酷な存在である自分に気づくことは、世界に対してのそれまでの無関心を、能動へと転換する契機となるかもしれない。
 つまり世界への見方が変わる。もちろん大きな変革ではない。ほんの数ミリだ。でもそれだけでも(原発の問題が示すように)内向きで他人任せだった僕たちの視界は、きっと劇的に変わるはずだ。



引用文献等
朝日新聞2011年7月28日朝刊「あすを探る 社会 後ろめたさが視界を変える 森達也」
日本経済新聞2011年7月29日朝刊
 「宮城の牛も出荷停止 汚染疑い 14道県から2965頭流通 農家「出荷遅れで病気懸念」
  風に乗りセシウム付着 汚染わら流通、被害拡大 肉食べても健康リスク低く」
日本経済新聞2011年8月1 日朝刊<核心 中国の「安全」なじれぬ日本 リスク摘む司令塔の不在」
主な参考文献等
食品安全委員会H.P. 
 食品安全委員会委員長からのメッセージ〜食品に含まれる放射性物質の食品健康影響評価について〜
 http://www.fsc.go.jp/sonota/emerg/fsc_incho_message_radiorisk.pdf
日本経済新聞2011年7月17日朝刊「知っ得ワード 放射線A 100ミリシーベルト以上でがんリスク増」
朝日新聞2011年7月21日夕刊<牛肉 買い控えの動き 「震災前は国産が安心…でも今は逆」>
日本経済新聞2011年7月22日朝刊
 「牛肉市場 混乱続く セシウム汚染疑い 卸値急落、出荷も大幅減 外食、一部メニュー中止」
日本経済新聞2011年7月26日朝刊
 <被曝限度「生涯100ミリシーベルト」 食品安全委 暫定規制値見直しも>
日本経済新聞2011年7月27日朝刊<食品の規制値 見直し難航も 
 被曝限度「生涯100ミリシーベルト」食品安全委 「外部」の変動 どう考慮>
朝日新聞2011年7月27日朝刊<被曝基準 見通し立たず「生涯100ミリ目安」答申案、具体性欠く>
朝日新聞2011年7月27日朝刊「朝日新聞紙面審議会 11年度第2回 模索続く 震災後の報道」
朝日新聞2011年7月27日夕刊
 「食材宅配サービス 放射能対策に苦心 線量測定器導入■西日本限定セット」
日本経済新聞2011年7月29日朝刊
 「日本産食品 輸入規制緩和広がる 中国やカナダ 6月輸出、前年の水準に」
日本経済新聞2011年7月30日朝刊「肉牛前頭検査 16都道県が実施・検討
  費用、東電に賠償請求も 簡易検査 規制値の半分で出荷認める」
日本経済新聞2011年7月31日朝刊「知っ得ワード 放射線C 内部と外部、被曝リスクは同じ」
朝日新聞2011年7月31日朝刊「ニュースがわからん!ワイド
  広島・長崎の原爆、放射線の影響は?「原爆症」と呼ばれ、ガン・白血病が増えたんだ」
日本経済新聞2011年8月1 日朝刊「農畜産業への影響調査 東大農学部 広範に情報提供
  福島原発事故の放射性物質 水田の沈着状況/牛とエサの関係」
日本経済新聞2011年8月1 日朝刊「塩害水田に耐塩性イネ 東北大など 石巻で成育試験」
朝日新聞2011年8月3日朝刊「コメ守れ 入念検査 農家 稲わら汚染 不安連鎖
  21都道府県 放射能測定へ 行政 基準以下でも「影響必至」流通
日本経済新聞2011年8月3 日朝刊<母不安「子供の基準は」被爆限度「生涯100ミリシーベルト」 
 食品安全委、初の一般説明会「年齢別データはない」 長期・低線量の影響 見解割れる」
日本経済新聞2011年8月3 日朝刊「栃木の牛も出荷を停止 4県目」
日本経済新聞2011年8月3日夕刊
 「汚染牛肉問題 消費者の不安に対応 大手スーパー検査体制 ヨーカ堂など」
朝日新聞2011年8月3日夕刊「食肉市場ガラガラ 関東 肉牛取り扱い半減 4県の出荷停止影響」
日本経済新聞2011年8月4日朝刊<コメ検査、静岡産「シロ」 放射性物質 自治体が検査始める>
日本経済新聞2011年8月4日朝刊「収穫前後に二重チェック コメ検査で農水省が概要」