オトナの食育 資料編 第4回 2007/3/10号掲載    千葉悦子(高28)

お弁当のすすめ


 来月は新年度。入園・入学・就職・初めての1人暮らし等のときです。
よくある雑誌の特集のようですが、バランスの良い食生活の具体的な方法の一つが、「昼食もある程度栄養バランスを考える」でしょうから、しばらく弁当をテーマにします。
 「(手作り)弁当!いいなぁ」
 「今日こどもの遠足でさ。いつも僕には作らないかみさんが、
  ついでに作ってくれた。」
 これは、ある職員室での男性の会話です。どうやら、この職場の男性の昼食は、たいがい店屋物とか市販弁当のようです。毎日そういうものですと、あきますし、手作り弁当に憧れるのも無理ないです。たとえ、高級料亭のお弁当といった高価なものでも、もしも続けばあきるでしょう。「おいしいものは、あきる」と思います。「旬の味、だしの味」p.12に次の記述があり、それも一つのあきる理由と思いました。
  実はお弁当に使うだしは濃く引いてあるんです。
  普通のおだしよりは確実に5割増しくらい、濃い。
 しかも、男性ですと分量が多く必要でしょうから、店屋物や市販弁当の支出もバカにならないでしょう。
 また、「奥様が作ってくださる」というあたりが、男性同士ですと、うらやましいのでしょう。
 私は「ご自分でお弁当をこしらえれば良いのに」と思いました。実際、上記の会話の方と職場で同じ立場にある女性の教諭の中には、こしらえる方もいらっしゃるからです。そして「作る」という選択肢を生徒に持たすきっかけ作りが、家庭科教師としての私の役割だろうと改めて思いました。
 それから、私が学生時代お世話になった調理学研究室(全員女性)の昼食のことを思い出しました。「手作り弁当は健康のもと」とか言って、皆さんたいがい手作りでした。教授・助手・研究生(お子さんがいる、学生から見るとずっと年長の方が多かったです)・学生、どの立場・どの年齢でも同じこと。もちろん作れない日もあり、学食から運ぶ人もいました。その当時は、持ち帰り弁当とかコンビニ弁当などが、今ほど普及していませんでしたから。
 また、その研究室での昼食時は、メンバーが集まっていました。いつもは、学部4年生・院生だけ集まって食べましたが、週1回だけ4年生が教授・助教授と一緒にいただきました。先生方から、専門とは限らない広範囲に及ぶお話を伺い、同じ空間で過ごすことができたのは、後で考えると非常に役立ちました。親が子に食文化を含めて生活文化を伝えるのと同様、研究室の文化のようなものを、ある程度継承して行けたような気がします。
 たまに、その調理研を昼食時に訪れると、少なくとも手作り弁当については今でもそうだと分かります。
 反面、食物学ではあるけれど他の研究室では、男性の先生が昼にカップ麺を召し上がることがあるのを知り「大学の先生って、生活面では案外、大変なんだな。」と思いました。
 近頃は、野菜・いもが比較的多く、ご飯は黒米とか雑穀も入れたものといった、脂質は多くなく、食物繊維やビタミン・無機質を多くする工夫のコンビニ弁当・駅弁等も少しは売っています。が、働き盛りや高校生・大学生の男性が選ぶ弁当は、きっとそういうのでなく、白いご飯たっぷりで、肉料理のボリュームがあり、野菜の少ない、しかも揚げ物・炒め物の多い従来のタイプでしょう。あなたはいかがでしょう?
 手作り弁当は、知識を実行すれば、いわばオーダーメイドですから個人の好みに合わせたおいしさ・栄養・分量・衛生・安心・費用等、たいがいの項目について二重丸でしょう。一番の問題は手間。どうやって能率を上げるかが作らなければならない立場の人(幼稚園生・中高校生の親御さん)にとっての関心事でしょう。
 しかし、こういうことは、婦人雑誌・その別冊号といったものには、まず載っていません。あまりに地味で、売れない雑誌になるからでしょう。
 そこで、家庭科の教科書の出番です。たとえば「これからの家庭基礎」一橋出版p.85に「弁当の基本」が載っています。その能率の部分を参考に、私なりに書きます。

前日の献立と関連させる
 この「前日の献立と関連させる」ということばは、上記の教科書からそのまま写しました。非常によく考えて、ことばを選んでいると思います。
けして「残り物」と考えてはいけません。そう考えると、おいしくなくなります。
「残り物の活用」などと考えてきた、否定的な発想を一掃しましょう。そして、より積極的な良い意味で捉えましょう。
 子育て中、ご近所の主婦が「主婦は残り物のお昼で・・・(いやだわの意味)」と話したものです。私自身は、弁当に限らず昼食時に前日とかに作り置きした物を食べる方が、ヘタな外食のランチとか、市販弁当を食べるより「ラッキー」と思います。自分としては納得できる物を作っているからです。
 今回、この文章を書くにあたり「残り物」でない、もっと良い言葉を捜したいと思っていたら、自分でもすっかり忘れていた「作り置き」という言葉を本で見つけました。「残り物」に比べて何とはなしに品のある、このことばを広く活用したいものです。たとえば「痴呆症」「ボケ」を「認知症」と言い換えるだけで、人々の認識がずいぶん変わるように、印象の良い言葉を使って、積極的な発想を促したいものです。
 ただ、この「作り置き」という言葉は、出来上がった料理をそのまま使う場合に限定しがちです。が、お弁当の用意のときは、前日の料理に一手間かけるとか、前日の料理の途中段階の物を利用して、別の物をこしらえるとか、そういう広い意味で考えたいものです。だからこそ上記の教科書は、「前日の献立と関連させる」という表現を使っているのだと思います。
 昔から日本に伝わる例としては、天ぷらの次の日は、天つゆで煮て、天丼にするとか、天丼風のおかずにするというのがありますね。私はこのやり方をまねて、弁当用に小さく焼いて冷蔵保管しておいたハンバーグをトマト味かしょうゆ味で煮て、衛生的に再加熱しながら味をつけ、少し違った感じにします。弁当の味付けは濃い目が基本ですから、もともとソースをかけてちょうど良い味にしてあるハンバーグそのままでは、味が薄いです。そこで、とろみをつけないと、ソースが少ないと感じるでしょうから、最後に水溶き片栗粉とかを使って仕上げます。また大人の弁当なら、ワインも少し加えて煮ると良いでしょう。
 もう一つの例としては、前日夕食時にたまねぎのみじん切りを多めに炒めて、夕食にはポタージュに入れ、翌日には電子レンジで再加熱し、ハンバーグやその応用のピーマンの肉詰めとか、しいたけの肉詰めに使い、朝の下ごしらえの時間を短縮します。
 以上のような具体例はなかなか本に載っていません。あまりに生活臭が強くて、夢がなくなるからでしょう。ひょっとしたら「おばあちゃんの知恵」といったものに、少し載っているのかもしれません。

その他の能率の上げ方
 調理学の祖という感じの松本文子先生編著の「食事計画論」、日常食の食事計画の章、調理時間の能率化p.68には、弁当に限定ではないですが、次のようにあります。
 4半世紀以上たっても、基本は変わらないと思います。
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 食事準備を速くするには経験によって、その家々の工夫があるもので
  @速くできる食品を用いる。
  A時間のかからない料理を組む。
  B組み合わせのよい献立をつくる。
  C一つ一つの操作や、食品の変化時間をつかんでおく。
  D手順をよく計画する。
  E料理に慣れる。
  F設備や器具の使い方を工夫する。
  G加工品を上手にとり入れる。
  などがあげられる。

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 後、私がFに付け加えるなら、設備や器具を新しくする際は、能率や省エネを考慮した製品を選ぶことでしょう。たとえば、IHの炊飯器の方が、マイコンより炊飯時間が短縮できるようです。ただし、価格はIHの方が高めでしょう。
 また、もう20年以上も前から言われていますが、「『近頃の人は炊飯には米を浸水することが大事』という事を知らず、研いですぐにスイッチを入れる人が多いので、それでも炊けるように炊飯器を設計している」ということです。そうなると浸水時間も組み込むため、炊飯時間が長くなります。
そういう設定しかない炊飯器でなく、浸水済みのコースもある炊飯器をお薦めします。家庭用のある程度高価な炊飯器は大丈夫でしょうが、1人暮らし用(大学生協お薦めの低価格の物など)の場合は、よく確かめる方が良いでしょう。正直なところ、長女の炊飯器の選び方には失敗しました。炊飯時間がとても長いのです。
 ただし、「無洗米コース」というのはなくても、無洗米は普通の白米コースでも炊けますから、これは気にする必要がないと思います。

第4回のおわりに
 第2回・3回は「食の安全」に直接かかわる問題で、それはそれで大事です。が、連載というのは、季節に合う役立つ情報も求められるでしょうし、「オトナの食育」本編を含めて今まで書きましたように、些細なリスクばかり考えるより、バランスの良い食生活を実行することが、まず大事ですから、その方法の一つとして弁当について書くことにしました。
 短めに書くのが難しいので、何回かに分けることにします。
 今回の目玉は「残り物」のイメージを明るく積極的なものに変えることです。
 和製英語がはびこるのに加担するのは、できることなら避けたいですが、背に腹は代えられぬと思い、いわゆる「おしゃれ」な感じが好きな人にも共感してもらうために、lunch preparingということばを私は料理中に思いつきました。
もっと素敵で、出来れば英語を母国語とする人が聞いても違和感のない、そういう言葉を考えて、広めてくださる方がいると良いと思います。
 
引用文献等
「旬の味、だしの味」「つる壽」語りづくし
      柿澤津八百(かきざわつやお)・平松洋子著 新潮社(2004)
「食事計画論」松本文子編著 建帛社(1980)
「これからの家庭基礎」あたらしい生活を求めて  竹中恵美子・春日キヨコ 監修  一橋出版
参考文献等
「別冊 暮しの手帳 お弁当」簡単おかず200品と50の詰め合わせ  暮しの手帳社(2003)
『vesta 食文化誌』2006 SPYING No.62  特集:お弁当―小さくて大きな玉手箱 
  財団法人 味の素 食の文化センター(2006年5月)
『vesta 食文化誌』2007 WINTER No.65  特集:食のことば 
  財団法人 味の素 食の文化センター(2007年2月)