オトナの食育 資料編 第2回 2007/1/10号掲載    千葉悦子(高28


『遺伝子組換え作物による食品を気付かずにとっている』


 新年号に文章を書けるというのは、晴れがましく、光栄です。
 食に関する比較的新しい技術の一つである遺伝子組換え作物と、それを使用した食品について、私なりに書きます。
 正直なところ、農学部・理学部の出身でなく、食の理科系の研究を続けているわけでない私には、難し過ぎるテーマですが、何とか書きたいと思いました。というのは、入門のあたりとはいえ現状を知ると「知らない」「分からない」「難しい」では済まされない現実があり、より多くの方に知って頂くことが、公益につながると思われるからです。
 ご自分(日本にお住まいの方です)が遺伝子組換え作物を日常、口にしていると気付いていらっしゃいますか?「遺伝子組換え大豆は使用しておりません」と表示のある納豆・油等を選んでいるから、摂取していないとお思いなら、それは誤解です。ほとんど間違いなく、召し上がっていらっしゃいます!

1.「遺伝子組換えでない」と書いてあっても、0ではない
日本の表示制度では、意図せざる混入は5%まで認められている。
これを初めて知りましたときは、頭を殴られたような、裏切られたような、憂鬱な気分でした。そして、自分の無知・不勉強を思い知らされました。
お茶の水女子大学で行っている化学・生物総合管理の再教育講座にある食関係の講座受講生も、これを始めてお聞きになると、ため息がもれ、私が平成16年度後期に陥った気分と同じようになられます。
そして、時がたつと気分が落ち着き、奥を知りたくなります。

2.加工度が高くて検出できない食品には、
   原料が遺伝子組換えかどうかの表示義務はない。

 食品成分表で確かめられますが、植物油は精製度が高く、100%脂質です。
しょうゆは大豆や小麦を分解して、おいしいアミノ酸とかに変化しいて、たんぱく質が少しあるとはいえ、導入DNA及びそれによって生じた、たんぱく質は残っていません。このように加工が進むと、製品だけをもって遺伝子組換え作物由来かどうかの検査はできません。それで、表示は不要という考え方です。しかし、書いてはいけないという意味ではなく、たとえば、私が入っている生協のチラシには「非遺伝子組換えの菜種を圧搾した一番油のみを使用しています。」などと書いてあります。
表示の義務はないのですから、何も書いていない場合、原材料のほとんどが組換え作物ということが多そうです。

3.日本は商業生産を認めていないが、安全確認された品目
   について、遺伝子組換え作物の輸入はしている。

 日本の食糧自給率は、カロリーベースで約40%、飼料用の作物は大部分が輸入品ということは、かなり広く知られているでしょう。今年度の韮高同窓会総会(06年8月6日)での山下正行氏の講演レジュメに食料自給率のことが載っています。また、中学の家庭科の教科書にも掲載されています。
 いくら日本国内での遺伝子組換え作物の商業生産が認められていなくても、6つの農産物(大豆・とうもろこし・ばれいしょ・綿実・アルファルファ・菜種)の輸入は承認されています。
 大豆を例にとります。日本経済新聞06年10月12日夕刊・06年11月5日朝刊によると、日本の大豆の自給率は3%、輸入のうち米国産は2005年に75%を占め、米国の遺伝子組換え大豆の作付け割合は2005年に87%ということです。
 また日経06年11月5日朝刊によると、「04年の世界栽培面積に対する組換え作物の割合は大豆で56%」ということです。

4.遺伝子組換え作物の生産は、世界的には激増中!
 上記の記事や「Do you know? 遺伝子組換え農作物入門プログラム」によると、世界の遺伝子組換え作物の栽培面積は、1996年に170万ha、2001年に4420ha、2005年に9000万ha(日本の国土の2倍以上)です。お茶大再教育講座2006年11月22日講義での山口富子先生のお話によると、
「アジア地域でも今後遺伝子組換え作物の生産は増えるだろう」とのことでした。この勢いは、止まりそうにないですね。

5.食料を輸入に頼る限り、世界の食料の動向に左右される
  江戸時代の鎖国のようなことは、食料に関して、とてもできません。日本の人口は減少しているとはいえ、世界全体では「人口爆発」などということばがあるほどで、生産性向上は必須です。その方法の一つが遺伝子組換え技術であると言われると、反論の余地はほとんどなさそうです。
  たとえば、害虫や微生物がつきにくいという性質を遺伝子組換え技術によりつけると、農薬の使用をぐんと減らせ、農業従事者・消費者・環境に良いです。しかも生産性が向上します。また、除草剤耐性の性質を持つと、雑草は除草剤で枯れるため省力化ができ、作物を安価に生産できます。しかも、耕さなくてすむため表土の流出を防ぐことができ、また、耕運機を使わないため二酸化炭素の削減にもなり、より持続可能な農業を実現できるそうです。日本では肥沃な表土の喪失など、ぴんと来ませんが、外国では非常に大きな問題の一つということです。

6.自分が口にしている食べ物について、
            より正しい知識を持ちましょう

 最近、私が住む区のある議員さんのチラシに「いのちを育む『食』の安全を確保する 学校や保育園などの給食に遺伝子組み換え食品をつかわない」などと書いてありました。食の安全は大切ですが、イコール「遺伝子組換え食品をつかわない」という考え方が、税金の使い方として妥当かどうかは、再考の必要があると思います。
 安全性確認済みの遺伝子組換え作物を食べても、人体にとくに悪影響はないと私は考えます。「遺伝子組換えでない従来の作物と同等に安全」と確認しているのですから。この考え方は、お茶大再教育講座の様々な立場の先生方がお話になります。おまけに、私の長女は農学部の4回生で、食品安全学も履修していますが、同様のことを大学の先生方がお話されるということです。もっとも、環境に与える影響は、なかなか計り知れないものがあるでしょう。何も問題がない、とまでは思いません。
 どこに限られた時間・労力・お金などを使うべきか考えるには、より正確な情報・知識が必要でしょう。
 お茶大再教育講座では、遺伝子組換えについてだけで半期(90分授業15回)も続ける講座があるほどです。メルマガに短く書くには、膨大で深い内容です。再教育講座とかに出かけることができない方のために、次のホームページ等をお薦めします。

 ☆ http://web.staff.or.jp
    社団法人 農林水産先端技術産業振興センター(STAFF)  
    〒107-0052 東京都港区赤坂1-9-13 三会堂ビル7階
一つの団体のサイトしか紹介しないのは、偏っているでしょうが、ここにアクセスし、あるいはパンフレットを見ると、他の機関もたくさん紹介があります。

 ☆ http://www.biotech-house.jp/ 
    「バイテクコミュニケーションハウス」
上記STAFFが作成していて、初級者(DNAとかバイオとか言われると、難しいなぁと思われる方)から中級者(大学で生物方面を学ばれている方)・上級者まで、幅広く活用できそうです。

 ☆STAFFのパンフレットの紹介
残部があり、使用目的がSTAFFの趣旨に合っていれば、次のパンフレットを送って頂けます。
 「生活ものしり1年生 知ってトクする! 食べものまめ知識」
   可愛い絵の基礎編
 「Do you know? 遺伝子組換え農作物入門プログラム」
   非常におしゃれなデザインで、分かりやすく大事なことがちゃんと
   書いてあり、韓国政府が韓国語版を出版したいとお願いしたとか。
   理科系でなく美術系の50歳代女性社長自らが理解できるよう、
   妥協せずに作成したそうです。
   中学生や文科系の高校生の総合学習・家庭科・社会科・理科
   などの資料としても有効と思います。
 「遺伝子組換え農作物を知るために ステップアップ編」
   高校生ならこの程度理解できると望ましいでしょう。私と同じ教育
   課程で生物を高校時代習い(40歳以上)、その後この方面は学
   んでいない方は、無理せずにこの辺りからお読みになることをお薦
   めします。
 「バイテク小事典 バイテクQ&A・バイテク用語集」
   理科系高校生の比較的初歩かもしれません。が、正直なところ、
   私にはすごく役立ちました。
   この程度の用語が分からないと、いくら偉い先生が分かりやすく
   お話しなさっても、さっぱりですから。また、コンパクトで持ち歩きに
   便利で、細切れの時間で読めますので、地下鉄で少しずつ読む
   のに好都合でした。

第2回のおわりに
 遺伝子組換え作物とその加工品というのは、単に科学の問題でなく、
社会問題につながる複雑で難しい面のあることと思います。数年前までマスコミ・生協とかの論調は「遺伝子組換えは危険」といわんばかりでした。
 お茶大の食関係の再教育講座に、受講生として生協の職員も見え、また、講座とは無関係に情報が広まり、しだいに中立に近付いてきたようです。
 頭では「遺伝子組換え作物は食べてもほとんど安全」と理解しても、生命の操作を昔からのかけ合わせでなく人間が行うということ自体に、違和感をぬぐえないという感覚も残っています。とは言え「もう食べちゃってる!」という既成事実に、なし崩し的なものを感じます。
日本経済新聞06年12月16日朝刊で、佐々木毅氏が次のことをお話されています。
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 個別の業界にかかわるような狭い利益であればあるほど必死になって
守ろうとする傾向がある。広くみんなにかかわることはだれも熱心に
ならない。これは民主主義の一つのパラドックスだ。(後略)
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 「遺伝子組換え作物は危険」「BSEは怖いから全頭検査を続行」などというのは、ひょっとしたら検査会社とか、非組換え作物の業者に不当で莫大な利益をもたらし、公益に反することかもしません。このような疑いを持たれて、より多くの方が知識をより広く深くされるのが大切と思います。
 その元の力を培うには、高校の生物とか家庭科・倫理といった、それなしでも大学入試に通りそうな教科・科目もきちんと履修することが重要と思います。中年以上の方々は、現在の内容の生物は習っていませんので、上記のホームページやパンフレット、お子様やお孫さんの使用済み教科書等で学んで行きましょう。
 平和で、社会全体に良い方向を見つけるために、落ち着いた議論ができる成熟した社会に向かうことを祈ります。

引用文献等
日本経済新聞2006年11月5日朝刊 エコノ探偵団 
  海外と異なる表示ルール 遺伝子組み換え作物どこに? 「不使用」で混入した例も
日本経済新聞2006年12月16日朝刊 成長を考える 識者に聞く
  「閉じた保守」を避けよ 佐々木毅氏 学習院大学教授
参考文献等
「五訂増補 食品成分表2006」女子栄養大学出版部 
スタンダード栄養・食物シリーズ5食品学―食品成分と機能性―」
   久保田紀久枝・森光康次郎編 東京化学同人(2003)
スタンダード栄養・食物シリーズ7 食品加工貯蔵学」本間清一・村田容常編 東京化学同人(2004)
朝日新聞2005年5月17日夕刊 遺伝子組み換え作物 排除か共存か
   屋外栽培 北海道で規制条例成立 農家、知事の許可必要 交雑・混入防止へ
日本経済新聞2005年8月26日夕刊 生活コンシューマー   
  遺伝子組み換え作物 反対唱えフリーゾーン 「買わない・作らない」前面に
  推進派と対話 遠く
日本経済新聞2006年9月23日朝刊 折々の知恵 食品表示を読み解く
日本経済新聞2006年10月12日夕刊 生活コンシューマー 
  それぞれの食《中》 暮らしの中で『農』を見直す 大豆生産・米粉・・・共感の輪
18年度韮高同窓会総会(06年8月6日)での
  山下正行氏(農林水産省大臣官房審議官、韮高26回生)の講演レジュメ
  「食料・農業・農村と国際貿易交渉」
お茶大化学・生物総合管理の再教育講座 生物総合評価管理学事例研究2
 (食品のリスク管理事例研究2)2005年11月10日講義資料 田部井豊・水口亜樹
  (独)農業生物資源研究所
お茶大化学・生物総合管理の再教育講座 コミュニケーション学事例研究4
   (市民とコミュニケーション)2006年10月25日講義資料 森竹裕子 
社団法人 農林水産先端技術産業振興センター調査広報部
同上講座2006年11月1日講義資料 石井みな子 株式会社パーティ・フー
 〈生活者視点、女性マーケット開発企画〉代表取締役
同上講座2006年11月15日講義資料 
  「遺伝子組み換え作物・食品に関する消費者とのコミュニケーション」
  坂本智美 シンジェンタ シード(株)
同上講座2006年11月22日講義資料 「発展途上国と遺伝子組換え作物」
  山口富子 国際基督教大学国際関係学科