オトナの食育 
資料編 第17回(通巻81回)2013/1/10号掲載 千葉悦子(高28)

「災害時炊き出しマニュアル」の紹介
特定非営利法人キャンパー・一般社団法人日本調理科学会共著


 新年おめでとうございます。今年は大きな災害が起きないで、平和に暮らせますようにと祈ります。
 3・11が起きた新年も、日本中の多くの方々が、無病息災や安全等を祈願したことでしょうが、かないませんでした。祈る気持ちは大事だと思いますが、現実的な対処もして行きたいものです。
 たとえば、昨年1222日の産経ニュースによれば、「30年以内6弱以上の地震が起きる確率が、静岡市89.7%、横浜市71%、東京都心232%」ということです。同窓生の多くが住む地域でして、考えて対処する必要があると思います。

 昨年11月に生活科学系コンソーシアム(※)のシンポジウム「災害に対する活動・展望・将来に向けて」を拝聴しました。このシンポジウムの中で、もっとも皆様に知らせたい資料を今回は紹介します。特定非営利法人キャンパーと日本調理科学会との共著「誰もが出来る炊き出しを目指して 災害時炊き出しマニュアル」です。1,524円+税で買える、2週間分、および、地方別のメニューも載せた炊き出しマニュアルです。
 料理というと、「母親や妻が日常的にする、取るに足らないこと」ととらえがちでしょうが、大量調理は家庭料理とは異なります。いつも作る分量の10倍、20倍となると、材料分量の目安が分かりにくいですし、調味料や水分などの目分量の勘がきかず、調理器具も非常に大きくなり、勝手が違います。
 しかも、災害時は熱源や調理器具等も限られます。種種の制限のある中、塩分をとり過ぎず、栄養的にもかなり整って、飽きない料理が提供できるようによく考えられています。各食のエネルギーが書いてあるのはもちろん、日本人が平常時であっても不足しがちで、かつ、「おにぎりや菓子パン」だけでは不足するカルシウムと鉄の量も掲載され、食塩についても載っています。
 カラー写真が献立ごとにあり、コンロが2つしかなくてもうまく組み合わせる手順も掲載され、災害時だけでなく、日常の献立にも参考になります。こういう本こそ、各市町村の図書館や防災担当部署、学校の図書室等に置きたいものです。

平時に予行演習を

 私の理想として、町内会・自治会等の11回程度の親睦会として、このマニュアルを使った1食分を作って食べる、という行事を提案します。1種のデイキャンプとも考えられます。もしも大地震があったとして、他地域からの応援がすぐに得られるとは限らないので、まずは自分たちで炊き出しが出来るようにしておくことは大事と考えます。なぜなら1度も行ったことがないことを、非常時にするのは難しいでしょうから。
 東日本大震で被災した地域の中学の家庭科教員が「子どもたちは教わったことは出来る。中学生も災害時に役立つ。」といったお話しをなさいました。大人も、予行演習をしておけると理想です。

そもそも料理ができるようにする重要性を再認識しましょう

 私は大学で、小学生に教えるための調理実習授業を担当しています。残念ながら、年年、調理技術が落ちていて、あまりに料理に慣れない姿に唖然とします。たとえば、包丁で人参・じゃがいも等の皮をむいたことのない人が増えています。家庭の調理と大量調理とは異なるとは言え、それ以前の問題として、包丁に慣れるとか、買い物から後片付けまでを含む調理の過程を体験的に知ることの重要性を感じます。そういう基礎がなければ、災害時の炊き出しなど、とても出来ないでしょう。
 電子レンジで温めれば、すぐに食べられるような調理済み食品や、コンビニの多用等で、いつも便利で効率的に過ごしてばかりいると、いざという時、対処出来ないことになるでしょう。こういう観点で学校教育や家庭での過ごし方、地域を大事にすることなど、落ち着いて考える必要があります。
 正直なところ、幼い頃、隣組で冠婚葬祭時に煮炊きすることについて、私は否定的でした。現在は、そういう風習はなくなりました。こういった予定の立つことは、ホテル・宴会場・葬儀場等で行えば良いと思います。

町内会・自治会等と店の協力体制も

 しかし、地震といった災害はほとんど突然やって来るので、便利な世の中に慣れた私たちにとってひどい痛手です。こういう観点を持って、備えたいものです。町内会・自治会等が1食分作る行事をする際に、このマニュアルを提携スーパーマーケット等にも持って頂くようにして、たとえば「3日目昼のメニュー50人分」と注文するだけで、「五目鶏飯・みつ葉とわかめのかきたま汁・ポテトサラダ」の材料が過不足なく毎回届く、という協力体制がとれると理想と思います。
 ここ数年、狭い意味の学力向上が叫ばれますが、総合的な学習の時間を使って、中高校生に炊き出しの練習の機会を作るのも効果的かもしれません。本気になれば、具体的な工夫の余地はありそうです。

メディアに取り上げてほしいと要望しましょう

 上記シンポジウムで、私は思い切って質問しました。「このように素晴らしい本の紹介を私がとっている新聞では取り上げていないようでしたが、各新聞社等はどうだったのでしょう?」と。すると、日本調理科学会「災害時のメニュー開発に関する研究委員会」の委員長である市川朝子先生が「大手新聞社7社に知らせたのですが、読売しか載せませんでした。」というお答えでした。学会の先生方は、お忙しい中、自分の持ち場はきちんとしているのですが、せっかくの良いものが広まらなくて、まことに残念です。それで、私が出来ることとして、今回紹介することにしました。
 紹介するにあたり、手にとって本を見ようと思い、1割引きになるからと青山学院大学購買会で頼むと「割引きにならないばかりか、東京法規出版と取引がないので、本の送料もかかる。」という返事でした。そこで、丸善で頼んだところ、送料はかかりませんでした。どうやら、書店に山積みされない本のようで、取り寄せでした。このこと自体も残念です。これでは誰にも気付いて頂けないではありませんか!
 特定の人や団体が儲かりはしないですが、世の中全体に役立つような情報こそ、メディアに取り上げて頂きたいものです。学会が伝えてもダメなら、情報の受け手である市民が要望するのはいかがでしょう?今回この「オトナの食育」を読んでくださった方、知り合いのメディア関係者や自治体の防災や広報誌担当者にお話ししてくださいませんか?毎日新聞社の小島正美氏が講演で「読者の要望は無視できず、時間が許す限り、直接読者の話を伺う。」とお話しされました。書かれたことについて反応するだけでなく、無視していることについても、要望する必要が、ときにはあると私は考えます。
 トップダウンだけではうまくいかない現実があるなら、ボトムアップも実行していきたいものです。ほんの少しの勇気と実行を、大きな無理なく進めて行きたいと、年の初めに願います。

  ※ 生活科学系コンソーシアムは、日本学術会議での分野別委員会のひとつである健康・ 生活科学委員会の家政学分科会と生活科学関連の学協会との連携や情報の共有化を図ることを目的として設置された組織です。各学協会などが取り組んできた東日本大震災支援の活動を紹介し、情報の共有化を図ることで、今後の災害支援・防災に対する学協会間の活動または生活科学系コンソーシアムとして横の連携を取りながらの活動の可能性について考える機会を作りたいということで、今回のシンポジウムを企画したそうです。

■参考文献等
特定非営利法人キャンパー・一般社団法人日本調理科学会共著
  「誰もが出来る炊き出しを目指して
 災害時炊き出しマニュアル」東京法規出版
産経ニュース20121222日<関東、確率上昇「30年以上6弱以上」 地震予測図調査委更新>
 
  http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/121222/dst12122207350000-n1.htm
YOMIURI ONLINE 2012116日<「災害時炊き出しマニュアル」が出版>
  http://www.yomiuri.co.jp/gourmet/news/business/20121030-OYT8T00351.htm