鯉之助の・・・通になれる?気まぐれ落語講座 
其の十

 
年の瀬や・・・ の巻 


 今年も押し詰まってまいりました。
 師走というぐらいで皆様方もお忙しいことと思います。わたしは思いのほか忙しくないのですが。それでも芸人ですからこれから毎日のように忘年会がはいってくるのです(と思います、例年通りならば)。年賀状はいつも年が明けてからになってしまうので今年こそは年内に!と意気込んでもいます(まあ無理でしょうが)。
 子供のころは冬休みでうきうきしながらも、実家が表具店なので障子や襖の張替えがわんさかあり、よく手伝いをさせられたものです。桟を水で湿して障子紙をびりびりやるのはけっこう楽しく、古い襖紙の下から出てくる下張りにした古新聞が興味深くもありました。大晦日には紅白は見ず、裏番組の落語を満喫するという少数派でありました。


 それはさておき、年の瀬ともなると落語の中でも大忙しです。
 大掃除は年末の休みに入ってから、一応28日ということになっていますが、昔はこれを“煤払い(すすはらい)”と言って13日に行われました。今でも神社仏閣や一部の地域ではこの日に煤払いが行われています。

 これから正月の準備が始まり、年神様(としがみさま)を迎えるためにお清めをする、というこの日にはこんな噺があります。
 日本橋馬喰町のとある宿屋では煤払いの最中に家宝の御神酒徳利(おみきどっくり)がなくなって大騒ぎ。家に帰った通い番頭の善六は自分がなくさないようにしまっていたことを思い出し青くなります。いまさら言い出すわけにもいかず、おかみさんから授かった3度だけ何でも当てるそろばん占いなる嘘でごまかして御神酒徳利を見つけ出すふりをしてことなきを得ますが、これを聞いたのが宿泊中だった大坂きっての金持ち鴻池善右衛門の番頭。鴻池家の病の娘を占うために大坂へ行く羽目に。もともと嘘も方便で何もできない善六の身にまず神奈川宿で大騒動、大坂でも困り果てますがなぜか事件が解決してゆく…、という『御神酒徳利』

 今ではスーパーや商店に現金払いで買い物をしますが昔は生活必需品は信用商売、御用聞きが注文をとり通い帳につけてまとめて晦日(月末)払いをする“掛売り”。今でも少しは残っているようです。
さあ、この晦日払いが間に合わずにたまっていくとさあ大変、12月の大晦日には大決算が待っています。

  大晦日 箱提灯はこわくなし

 箱提灯は主に武家が定紋を入れて使ったもの、普段は一番怖い提灯ですがこの日ばかりは商家の掛取り(借金取り)が持って歩く弓張提灯のほうが怖かったんだそうで。掛取りたちはいかに借金を回収するか、貧乏人たちはいかに掛取りから逃れるかの大攻防戦が繰り広げられます。
 『掛取萬歳』、こちらでは掛取りたちの好きなもので持ち上げたり盛り上げたりでうまくごまかそうという作戦。やってくるのは狂歌好きの大家、芝居好きの酒屋の番頭、喧嘩好きの魚屋、義太夫好きの大坂屋、三河萬歳好きの三河屋。最近では三河万歳が分かりにくいので万歳抜きで演じることが多い。そうなるとタイトルはそのまま『掛取り』、大家さんのところをメインに仕立てたものが『狂歌家主』
 また言い訳の肩代わりをする者も現れます。『言訳座頭』、お人好しの甚兵衛さんに雇われた口達者な座頭の富の市は、各借金先へ乗り込み、相手の人柄に合わせて言訳けをして煙に巻いていきます。
こちらの長屋では路地を流していた“言い訳屋”なるもの雇い入れる。どうするのかと思っているとどんな借金取りも睨んで追い返してしまう『睨み返し』
 掛取りをうまく追い返したのも束の間、今度は正月用の餅が心配になってきます。見栄っ張りな江戸っ子のこと、せめて餅をついている様子だけでも世間に知らしめてやろうと、うちにやって来る餅屋の職人たちを亭主が一人で演じ分け、おかみさんのお尻を臼がわりに偽装餅つき大会が始まる『尻餅』

 そしてなんといっても『芝浜』
 ある年の瀬、酒に溺れて貧乏暮らしの魚屋、かみさんにせかされようよう商売に出る。ところが一刻早く起こされて、河岸があくのを待つあいだ芝の浜で一服していると波間に大金の入った革財布を見つける。これで遊んで暮らせるとどんちゃん騒ぎをするが、目が覚めて女房に聞けばと財布を拾ったのは夢で騒いだのは現実。余計に借金はかさみ、これではいけないと一念発起して酒を断ち、三年後には立派に店を構えるまでになるが、その年の大晦日…、あとは落語でお楽しみください!(ずるい?)



 ついでに今年2月に公開された映画「歓喜の歌」、出来損ないの公務員が町の文化会館でママさんコーラスを大晦日の夜にダブルブッキングしてしまうという、これも原作は立川志の輔師の新作落語『歓喜の歌』です。しかし大晦日はなぜ「第九」なのでしょうねえ。

 わが師匠の鯉昇宅は東京は北区王子にありまして、一門の大晦日は師匠宅に集まりみんなで年越し蕎麦をたぐります。この王子には落語『王子の狐』(これは年末の噺じゃありませんが)でも有名な王子稲荷があり、大晦日の晩には沢山の狐火が見えるといわれました。これは東国三十三カ国の狐が王子稲荷に新年の挨拶をするために王子に集まり、その近くにある装束榎という木の下で正装に着替えるためだそうです。今では装束榎は「装束稲荷」というお社で祭られ、大晦日には「狐の行列」と称して人々が狐の面や化粧で街中を練り歩きます。
 我々は行列終了後の狐たちを横目に装束も改めないまま神社に参拝し、参道の酒屋でホットワインを飲んで深夜に解散。
 師匠の方針で紅白や格闘技は見せてもらえません。何年か前、曙vsボブ・サップに夢中で師匠に蕎麦茹でさせちゃったからかなあ…。

   百人の 蕎麦くう音や 大晦日


                  2008/12/10 韮高同窓会メルマガに掲載


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通い帳。
 信楽焼きの狸が持ってるやつですね。









箱提灯(左)と弓張提灯(右)。どっちが怖い?







JR山手線の浜松町−田町間の線路西側にある芝浜公園(左)。写真右奥、かつての芝の海岸線に沿って電車が通っている。芝の河岸があったといわれるのは少し北。金杉橋から古川河口を臨むと船宿が密集し当時の面影?が偲ばれる(右)。










歌川広重『王子装束ゑの木大晦日の狐火』。
 江戸の四季折々を描いた「名所江戸百景」の大尾を飾る。狐とともに狐火が描かれている。
人間の目には狐火しか見えなかったという。