第51回 関東地区韮山同窓会
| 平成18年6月2日(金) 午後6時開会 於 帝国ホテル 桜の間 恩師出席者4名 片瀬義昭先生 野田明宏先生 堀江辰男先生 澤田かほる先生 出席者数 約100名 最長老者 中33回 勝呂 傳之進 氏 |
関東同窓会で、来年会いましょう! (2006/8/10発行 メルマガに掲載) 久保田 潮(高35) いよいよこの日が来た。6月2日。関東同窓会に初めて参加する日。 去年「関東同窓会に誘ったのに仕事が忙しいと断ったU君」とメルマガに書かれたこともあって、今年は早くから体調を整え、この日に備えていた(体調と仕事は違うが)。 ここで自己紹介をしますが、高校35回卒の久保田潮です。 三島市出身、現在は自動車メーカーに勤め町田市在住です。 ちなみに町田(根岸・木曽・山アという地名で)は160年くらい前に江川坦庵公が韮山代官として管理していたと「江川坦庵」(仲田正之先生著:吉川弘文館)に載っていました。 ・・・脱線ついでに。 韮高生は在学中に一度はこの本を読了しないと卒業できない決まりにすることを校長先生に提案します(笑)。 坦庵公を始めとする郷土の先達の志の高さに感銘を受ければ、文武両道のレベルがさらに一段上がるに違いないと思うのです。 さて、初参加の意気込みを見せ付けるかのように、6時の開始時間の20分前に帝国ホテル 桜ノ間の受付に到着。 そこで出席者名簿をいただく。 参加募集の最終日に申し込んだので印刷に間に合わず、私の名前は載っていない。 申込みが遅れたのは100%私の責任なのだが、受付をされていた先輩が、私の名前が載っていないことをしきりに謝られるので、恐縮しつつ名札を受け取り会場へ。 スケジュールではまさに今、5時40分開場となっているのだが、会場に一歩入ると既に大勢集まっている。 どう考えても5時くらいから始まっているのでは?と思わせるほどの盛り上がりを早くも見せている諸先輩方を見ていると、初めてきた場所なのにそんな気がしない。 なんとなく敷居が高い感じがして関東同窓会にまだ参加したことがない皆さん! 平気です。 知らない人ばかりだと思っていると、知っている人(恩師)を発見! 韮高に入学したとき、2年の先輩はお兄さんに見え、3年の先輩は怖いオッサンに見えた。 (そのとき3年女子はオバサンではなく優しいお姉さんに見えました、念のため) そのオッサン(3年生)すらを子供扱いする先生などというものは、当時それこそ敬して遠ざける存在以外の何者でもなかった。 しかし!まだ会が始まってもいないうちからすっかり出来上がって盛り上がっている一団の中心で、最も酔ッパライ然としている堀江辰男先生を見つけたとき、『同窓会っていいなあ』と実感した。親近感が湧いてきたのである。 高1の4月、初めての政経の授業開始早々、いきなり出席簿の背で堀江先生に脳天を唐竹割りにされた理由が今も思い当たらないのだが(寝てたからかも?)、こんなに人の好さそうな酔ッパライを、あの頃、私も仲間も危険人物としてひどく警戒していた。廊下で唐竹割りにされた友人も何人もいるし、休み時間ですら油断ならなかった。 その堀江先生があそこにいる、、、。 開会後にすぐ挨拶に行こう。先生がこれ以上酔っ払う前に! すぐに同窓会ホームページ委員として頑張っている同級生の古瀬さんが来た。 変わらぬ笑顔で、「あの方は誰々先輩、あちらが○○さん、お料理はおいしいから早目に食べないとなくなるよ」といろいろ教えてくれる。頼りになる同級生である。 そうこうするうちにいよいよ6時、開会。 同窓会の会長さんが体調を崩されたそうで 急に欠席になったというので残念に思っていると、なんと現校長先生の挨拶が始まった。 平日にわざわざ日比谷まで来てくれたのである。 韮高への思い、在校生たちの様子などを熱くいろいろお話してくれる。 しかし、、、長い。いつまでたっても終わらない。 私の高校時代、やはり校長先生の話は長いのが相場だったので、これはもしやするとその頃を思い出させる演出か?と思い一応私も役(高校時代の自分)になりきり行儀よく聞いていたが正直疲れてきた。 古瀬さんが「長いよねえ・・・」と結構大きい声で話しかけてきたので吹き出しそうになる。 例の、始まる前から盛り上がっている一団は、相変わらず盛り上がっている。 校長先生という権威をものともしないあたり、やはりかなりの豪傑の一団らしい。 どうも「高10回」あたりの先輩方のようだ。 いつまでもしゃべっていたそうな校長先生の興味深いお話が拍手の中で終わり、料理も出てきて一段と活気づいてきた。 ところで料理については古瀬さんの忠告ほどは無くならない。かなりの量なので遅刻してきても安心である。 そしてやはりおいしい。 元を取らないと気が済まぬタイプの私だが、気が済みました。 やはり同窓会ホームページ委員をされていて、私にとっては野球部の先輩の土屋さん(高30回)が「写真撮ってあげる」と来てくれた。 野球部の後輩の前田くん(高38回)も来ていたが、ここは迷わずかつての女子マネの土屋さんとのツーショットを選ぶ。 その後、会社で威張れるかもと思い、野球部の大先輩の志太さんと一緒に写真を撮ってもらうことにした。 志太先輩はあまりにも有名なのでここでくどくど書かないが、同窓会の場でなければ気後れして写真など頼めるものではないのではないかと思うと、同窓会というのはありがたいものだ。同時に自分のミーハーさに気づく。 そのうちに見知らぬ巨漢登場。と思ったら高35回の後藤(治)ではないか。 本気で「初めまして」と言いそうになった。ずいぶん貫禄がつき、これでは別人である。 こんなんじゃ親にも見放されたであろうと思っていると、良心的コンサルタントとして頑張っているとのこと。 高35回の出世頭ではないか。(こう書くと「我こそは」という高35回生が来年出てきてくれるかも) さてこの日出席された、4人の先生。 澤田かほる先生、片瀬義昭先生、野田明宏先生、堀江辰男先生。 それぞれかつての教え子らしき人たちが入れ替わり立ち替わりやってきて、近況報告をしている。 私が直接お世話になったのはお二人で、堀江先生は上述のように、はやご機嫌の様子。 挨拶に行くと、しばらく考えて「お〜覚えているよ!」と言ってくれた。 この微妙な間と、教わったのはもう25年も昔のことなので、どうかな?とも思ったが、何となくは覚えてくれているようだった。 堀江先生は今も現役で演劇を教えているというので、これはうれしいニュースだった。 バレー部の顧問で有名な野田先生には、授業ではお世話にならなかったが、先生が一時期野球部の副顧問をされていたときに、バックネット裏から龍城山に上る階段を 部員同士で交互に背負い合ってよく上らされた。先生がものを数えるときの最小単位はどうやら20だったらしく、たいてい20回やらされる。先生が20回で足りぬと判断したときは25回とか30回でなく、40回やれ、ということになる。非常な苦行であったため、当時我々は小賢しく「如何にして楽をするか」ばかりを考えてしまったが、そのことを今は本気で後悔している自分がいる。 野田先生が我々に教えたかったのは、野球の試合に勝つことだけでなく、高校卒業のその先に長い人生があるということだったのではないかと思うのだ。自分の人生を生き抜いていくときに、辛いからといって生きるのをやめるわけにはいかない。もう駄目だというときに たとえスマートでなくたって「石にかじりついてでもあと一回やってみよう」というド根性も必要だ、と。 野田先生とは10分くらい話をしたが、韮高と韮高生への思いはまだ大変熱く、高校生だった頃にこの熱さをありがた迷惑に感じていたことがひたすら申し訳なく思われた。 私もいつのまにか年を重ね、つまりかつての先生方と同世代になったわけだが、あの頃の先生がたは、今の私のように 疲れて日々あまり希望も感じずに生きている人間とは違って、将来有望な生徒たちに囲まれて、毎日楽しかったのではないだろうか。 ところで古瀬さんは顔が広くて、あっちこっちから声を掛けられて一緒に写真に写ったり逆に撮ってあげたり、話の輪の中に引っ張り込まれたりと、ひとところに落ち着くことがない状態。知っている人がほとんどいないシャイな中年である私は、では取り残されて料理ばかり食べていたかというとそうではなかった。 先輩がたも私より若い人たちも、とにかく初めて会う人ばかりだが、話してみると驚くほど話が弾むのだ。これは一度来た人ならわかると思うが、この関東同窓会の楽しさ、懐かしい暖かい感じ、これからも参加したいという気持ちになること請け合い。 今年初めて参加した人に一言しゃべらせてくれるというので前に出てみると初参加組は10人くらいいた。マイクを持ってそれぞれ立派なことや面白いことを言った。この時間帯までくると私もかなり飲んでいて自分の言ったことをよく覚えていないのだが、韮高と同窓会の礼賛みたいなことをしゃべった気がする。 終わりに近づき大抽選会が行われ、ずいぶんいろいろな賞品景品が続々と当たった人に手渡されていった。外れた人の方が少ないのではないかと感じられた。私はくじには当たらなかった。ただたとえくじに当たらずとも料理もおいしいしその量も多いので、それだけで儲けた気分になるのは間違いない上に、最後にすごいイベントが待っていた。 この日会場ではずっと音楽が流れていた。「ジャスパー」というバンドの生演奏である。 それがいよいよ閉会に近づき、聞き覚えのある前奏、、、うお〜!?寮歌だ! 韮山高校寮歌。この名曲も今では私がそらで歌えるのは2番までだが、この日配られた参加者名簿に寮歌・第一/第二応援歌・校歌の歌詞が載っており、本当に十何年ぶりかで寮歌を5番までフルに歌えた。 連続して第一/第二応援歌と校歌も思い切り歌った。 爽快かつ感動的なフィナーレで、これは毎年そうなのだろうか? 頼りになる同級生に聞きそびれたが、毎年こうなら、来年もし大遅刻しそうだったとしてもあきらめず、この最後の10分のために来てもいいなあと思う。 正直に言えば、関東同窓会に初めて参加するにあたって、楽しみに思う気持ちと同時に、同窓生同士とはいえ知らない人ばかりの中に入っていくという億劫さも感じていたのだけれど、来て良かったと心から思っている。 これだけ大きな集まりを準備してくださった役員の皆様に感謝いたします。 この同窓会の閉会後、高31回の先輩方で集まった二次会に同席させてもらったが、非常に息が合っていて、高35回もこんな感じで集まりたいものだと思った。 最後に一言 「楽しかったー!」 ではまた来年お会いましょう。(既に参加する気満々☆) |
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