平成17年6月3日(金)午後6時開会 於 帝国ホテル 光の間

恩師出席者11名
 山本実先生・片瀬義昭先生 木内清先生・久保田志津子先生  野田明宏先生・仲田正之先生
 原洋男先生・八十川徹先生  澤田かほる先生・森野彌良先生  草萱鉄弥先生

出席者数 およそ200名  最長老者 中33回 勝呂 傳之進 氏
                 最年少者 高53回 太田綾花 さん
【50回関東同窓会に寄せて】
          (2005/7/10発行のメルマガに掲載) 高24回 吉川 裕泰

6月3日帝国ホテルで開催された関東同窓会に出席しました。
記念会と言うこともあってか例年よりも多くの同窓生が集う会であったかと思います。
私は2年ほど前から同会の幹事をおおせつかっていますが、同窓会に参加して思うことは、「臭い」ということです。世代間に差がある人々の同士の集いではありますが、共通の臭いを感じるのです。一人の人生から考えれば高々3または5年間の生活を共にしたにすぎませんが、その時期が個々人にとって最も多感でかつ豊かな感情を有していたからでしょうか?さらに韮高に在籍した時代は離れていても、このように感じることができるのは、学校の底流にあるものが変ることがないからかと思ったりもしております。その場では世代を超えて気楽に話が何の前触れも無くできるのです。
 恩師の先生も参加をいただき、年に一度関東地区を中心に在住している仲間たちが集い合い、和気藹々と話に花を咲かせる。貴重な時間であると思います。
これからまた、新しい一歩を踏み出しながら同窓会の歴史を作っていくことになります。少しでも会のお役に立ちたく考えております。そして、その中から多くの同窓生に参加をいただき、楽しい時間を過ごしていただければよいと思っております。
青春時代に還って、そして楽しみませんか?
                       
HP委員・ドラえもんの【関東韮山同窓会】リポート
   ☆この文章は、韮高同窓会メルマガ(2005/6/24発行)に掲載☆
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 会場に入ってまず目を引いたのが、帝国ホテルならではの氷のオブジェ。
乾杯と同時にお料理を取りに行かなくてはならないので、まずはテーブル確保。せっかくなら、このオブジェの前に居たいな〜。
2度目の参加の私でさえも、実は居場所がみつからない。
大先輩たちは慣れているようでグループで参加していたり、毎年この場で会うのを了解しているような感じなのだが、同期が誰もいない自分としては居心地が悪い。一緒に来ている土屋さん(HP委員)は、同期が何人か集まるそうだ。仕方ないから氷を眺めながら水割りでも飲もうかな!?
 
 そんなときに目の前に現れたのが38期の吉村太君。名簿を見たら、38期は5人もエントリーしているではないか!誘い合わせたのかと尋ねると、偶然だと言う。偶然に同期が5人も集まるなんて・・・羨ましい。
そして奇遇なことに吉村君は、私が今日の集まりに誘ったのに仕事があるからとフラれた(?)同期のU君と同じ日産自動車の社員なのだ。共通の話題ができてしまった☆とりあえず、話し相手はキープ! 

--◆吉村君からのメールです◆---
 HPの個人的な要望は、校舎や山などの「最近の韮高」の写真が見たいです。 あと、若いやつらはビジネスチャンスが探せるといいですね。優秀な人材が転がっているみたいだし。見知らぬ土地だと学校つながりって重要だし。
 同窓会は、思いもしていなかった恩師 澤田先生と久しぶりに会えてうれしかったです。
昔と変っていなくてびっくりしました。
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 しばらくすると、38期の前田篤伸君がテーブルに参加。若き建築家前田クンは、米国留学時代にカリフォルニア大学フェドニア校の設計に関わっていたというのだ。フェドニア(フレドニア)校とは、昨年メルマガで紹介した土屋春奈さんが通っている大学。

 ちょっと興奮気味な前田君は、横浜に設計事務所を開いたばかりで、名刺とパンフレットを配ってPRしていた様子。同窓会って郷愁の場だけではなくて、こんな風に利用できるんですよ〜。
そうそう、前田君は後半の抽選会で「東府屋旅館」の招待券が大当たり☆
 うらやましいなぁ〜。確か「子宝の湯」という看板が天城の国道沿いに出ているけれど、どんなところかな?

 7時過ぎた頃、美人映画監督の太田綾花さんが駆けつけてくれた。
大学卒業したての彼女には1万円の会費は高かっただろうと思い、この場が縁で自主上映会が実現してくれたらいいなと、私もちょっとだけPR。
新しい講堂で上映できたらいいね!なんて、夢のような話をしてました。
半分マジで露木浩先生(16回)にお願いしたのだけれど・・・多分覚えていませんよね。

 参加名簿によると、41回〜44回までのとっても若い世代が4人も参加している。着物姿の澤田先生を囲んでいるグループがそうらしい。
澤田先生は数学の先生。昔と少しも変わっていないが着物がとてもお似合いである。もちろん着物姿なんて初めて拝見。
「今日は先生が参加されることを知っていて集まったの?」と尋ねると
「いいえ。来てみたら先生がいらしていたので嬉しくて。僕たちはサッカー部OBです。」という。
異様な盛り上がりを見せていたこの仲間の中から、「偽団長」(三島製紙の山本光信君)が登場して後に校歌のエールを振るのだが、前代未聞の「校歌歌い直し事件」が起きたりして、呆れてしまうけど楽しませてくれた。
 二次会で判明したのだけれど、この日は31期の応援団長・副団長が揃って参加していたそうな。でも、そろそろ校歌かなという頃に、トイレに逃げた(?)という笑い話。
「だって、何十年も前のことだろう?声が出ないよ」と、本物団長は偽団長にエールを振っていた。これも楽しい話題。
 もうひとつ二次会で判明したこと。
41回から44回までのメンバーは、サッカー部OBで、現在もサッカーを続けている。しかも、韮山はかなり強いらしい!今度詳しく紹介してもらうことに。

---◆41回大村君からのメールです◆---
今回、始めて参加いたしました。毎年何とかして参加しようと思っていたのですが、初めての参加で、偉大な諸先輩方にお会いできて、改めてたくさんの輪を広げていきたいと強く思いました。
 我々は、サッカー部のOBでチームを結成し、現在も活動を続けております。
今後、我々も活動のご紹介をする機会がありましたら、紹介させていただきたいと思います。
 恩師の澤田先生にもお会いできて、楽しいひとときを過ごすことができました。尚、仲間の山本が応援歌・校歌で下手なエセ応援団を演じましたが、来年はもっと練習して、きちんとした仕切りを披露させたいと思います。来年も参加させてください。 
大村太郎(東芝モバイルコミュニケーション社)

---◆44回 一杉君からのメールです◆---
今回の同窓会に参加するきっかけは高校サッカーOBに誘われたからです。
そもそもそれまでは同窓会の認識もなく、毎年開催されているのには正直驚きました。

帝国ホテルで毎年開催されているとのことで、個人的にも興味をもって出席しましたが第一印象として年配の方々が多いことと若手(20代)が少ないことが目につきましたね。
(皆さん、同じ印象を持ったと思いますが、これは毎年のことなのでしょうか?)

出席して一番よかったことは恩師の澤田先生にお会いできたことでしょうか。
わたしの場合、担任ではありませんでしたが数学を教えて頂いておりご本人もわたしのことを覚えていてくれたことが嬉しかったですね。
同窓会でないと味わえないことです。

また、来年も出席できればと思います。
開催時期、場所は問題ないと思いますが、やはり若手への告知方法に一工夫が必要ではないでしょうか。
韮高HPの活用等、色々方法はありますが個人的に同期へ連絡して同窓会自体の存在を認識させることは可能です。
幸いサッカー部OBチームが定期的に活動しているのでどんどん広めていこうとおもいますよ。
ちなみにサッカー部OBチーム(先輩と後輩の2チームがありますが
今回は後輩(私の同期中心)チーム)の5月大会結果です。
 http://www.estadio.co.jp/play/past/0505_4023.html
 ↑ 韮高HPでトピックとして扱ってもらえるとありがたいです。
 ↑ 一杉康史 ( みずほ情報総研 )

 

 ↑
このホームページの写真では、優勝「韮山ポッキーズ」の、前列左から二人目が一杉君です。彼とは3次会まで一緒だったので、顔を忘れるはずないんだけど・・・
  サッカー部OBの活躍については、HPトップに載せる予定です。
                          (ドラえもんより)

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 「明美さ〜ん、ご指名でーす!」と呼び止めてくださったのは、体育の野田先生とバレー部OBのテーブル。皆さんとっても気分が良さそう。何十年も前から毎年ここで会うことに決めているそうで。そういう利用の仕方もあるのだなと納得。幹事を選ばなくても便乗してしまえばOKというわけね!?
「こいつぁね、日本に居られなくてチェンマイ(タイ)に帰るんだよ。」
という話、どこまでホントか全然つかめないのだけど、
「いいですね〜、本場のタイ料理、食べてみたいです。」と言うと
「それじゃあ今度、みんなで行こう。一緒に来いよ!」というノリ。
同窓会トラベルも悪くないかな〜?待ってますよ、お誘いを!?

 大笑いしながらバレー部の話を聞いていたら、新参者の名前が読み上げられ、呼ばれた人はマイクを持って自己紹介の時間。私も呼ばれたので並んでいたら、「あの〜。失礼ですけど、何歳ですか?」と訊かれた。そんな、いきなり年を聞かれても・・・いくら女同士だからって・・・と、ネームプレートを見せ合ったたところ、相手はひとつ上の先輩。どこかで見たことがある気がしてきた。「あっ?バドミントン部の夏目さんですか?」
私は空手部だったので、当時よく(今は無き)講堂で見かけていたのだ。けれど夏目さんが私を知るはずも無く、「ゴメンなさ〜い。私、上の人は覚えているけど、下(の学年)の子は全然覚えていないの。」・・・さすが、韮高女子。

 抽選会で賞品が当たるのは嬉しいのだけれど、その間ステージに注目していなければいけないのが残念。会話していると当選に気がつかなくて無効になってしまうのだ。けれど当たってほしい。私は、澤田政廣の「天女」の色紙(複製)が当たり。本当は潟<泣Xモン製薬・限定品のリカちゃん人形(看護婦スタイル)が欲しかった。そう願っていたら、綾花さんと二人で、同じテーブルの人からリカちゃんをいただけてしまった。二人でニコニコ。
 ちなみに若者達からは「忍の手ぬぐい」が欲しいという声が多かったので今後のために。

おひらきのころには、帝国ホテルの村上シェフが会場内に登場され、希望者と握手&写真撮影に応じてくれるという恒例の大サービス。
会場に誰も居なくなった頃握手していただいたら、とってもふっくらとした手の感触。例えるとオムレツのような感じ。
「とても柔らかな掌で驚きました」と言うと、
「今はこんな手になりましたが、以前は硬かったです。ほら、指の形が変わっていますでしょう?これは直りませんね。
今日は特別に私が厨房で鍋を握りました。腕のいい7〜8人選びましてね、私が全て作りました。早く皆さんの前に出たくても、(白衣が)油で汚れてしまいましたから上から下まで全部着替えてから参上いたしました。
ですからこんなに(出てくるのが)遅くなってしまいました。
今日の会費ではお料理だけでもホテルは赤字です。こんなことは上には申せませんが、この会は特別な会です。私と加藤さん(関東地区同窓会長 加藤昌介さん:中49回)はこんな小さな頃からの知り合いでしてね。
それからずっとこうしてお付き合いさせていただいているのですよ。もう何十年も、です。ですからこの集まりは私にとっても特別な会なのです。
また来年も、ぜひいらしてください。来年も必ず私が皆様にお料理をお作りしますから、是非食べにいらしてください。お待ちしています。」
 帝国ホテルのお料理は、「これが特別に美味しい」という個性の強みはなく、すべてのお料理があらゆる人を満足させる味なのだと感じた。その基本は、村上シェフのこの「真心」なのかもしれないなと、温かな柔らかい掌から感じ取れた気がした。
確かに、村上シェフと一緒に写真が撮れるのは、関東同窓会でなければ実現しない価値ある特典。来年は絶対ちゃんとカメラを持っていくぞ〜!と決意。

金曜日の夜6時からの開催では、丸の内周辺に勤務していなければ間に合わない。せめて6時半か7時からにしてもらえないかなと考えたりもしたが、シェフが言うように、諸般の事情でこちらのわがままは通らないのかもしれない。
 「もっと安い会場にすれば若い人も来るのでは?」とも思ったが、やはり「帝国ホテル」は譲れない。「私の出身高校は、毎年帝国ホテルで同窓会があるのです。」というステータス。他の新しい会場では満足させられない。
歴史ある韮山高校には、歴史ある由緒正しい帝国ホテルがお似合いだということにしておきたい?

以上、「ドラえもん」こと35回古瀬明美の関東同窓会リポートでした。
注意*これは私の日記のようなものですので、表現方法には見苦しい点が多々あるとは思いますが、どうかお許しください。

追伸ながら先週、8回卒の先輩から写真を送っていただきました。
そのときに添えていただいたお手紙をここにご紹介させていただき、
今回のメルマガを締めくくりたいと思います。
また来年、帝国ホテルでお会いできますように。
 
---◆いただいたお手紙(一部抜粋)です◆---
 いよいよ梅雨入りを迎えた感があります。
 先日の関東地区韮山同窓会はちょうど50周年の節目を迎え、
懐かしい皆様とお会いでき、大変嬉しく思いました。
 貴女たちのような若い参加者が増えてきて、私たち熟年層も
気が若くなります。
 皆様もご健勝の様子で、ご同慶に堪えません。
そのとき一緒に写した写真をお送り致します。
記念と思ってご笑納ください。
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第50回記念 関東地区韮山同窓会 2005/6/3