第5回 韮高同窓会東北応援ボランティアバス
2016/5/28〜29 実施 (32名参加)
高11回卒 石井 徹哉 第5回の東北応援ボラバスが実現し本当によかったです。5年間続けることは大変なこと、幹事さんをはじめ参加した皆様に感謝です。 忘れないようにしたい。生き延びるために。 |
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韮ボラ感想 勝又弘美(高26)
今回、初めて韮山高校同窓会主催のバスに参加しました。幹事さん始め、同窓生が知恵や力を合わせてこの企画を支えていることがよくわかりました。きめ細かい配慮が隅々まで行き届き、安心して楽しく参加できました。ありがとうございました。 そして、5回を数える活動の中で育まれた現地との絆が、何よりもこの企画を支えていると感じました。歌津の漁師、渡辺さんは、川の清掃より、我々がそこに足を運ぶこと自体を喜んで下さっているようでした。福島の山木屋太鼓の若者たちも、我々と一緒に活動し、食事し、そして同じ平面で演奏することを楽しんでくれているようでした。大川小学校でお話しくださった紫桃さんも、震災記憶が風化していく中で、現場を訪れ遺族の方の声に耳を傾けようとすることをよしとしてくださっていました。 東日本大震災の復興はまだまだですが、5年を経過し、ボランティアの継続はむずかしくなってきます。そんな中で、こうした顔の見える交流、個と個との交流が、これからの息の長い交流を支えていくのではないかと思います。 ところで、私にとっては福島の国道6号線沿いの光景が忘れられません。5年前の夏、建物がほとんどなく瓦礫の山に草だけが生い茂る宮城や岩手の町を見たときには、不謹慎かもしれないけれど古代の遺跡のようだと思ったものです。しかし今回見た福島の双葉町・大熊町は、建物はあるものの人の気配だけが消され、そこは時間の封印された廃墟でした。 かつて大江健三郎は「オキナワ・ノート」の中で、「沖縄の中に日本がある」と書きましたが、それに倣うならば、今、私達は「福島の中に日本がある」と言わなければなりません。なぜ福島が廃墟になったのか、他の町では同様のことが起こらないと言えるのか…。明日の世界を考えるとき、私は「オキナワ」や「フクシマ」から考えていきたいと思います。(バスの中での、沖縄出身谷口さんの言葉も胸に残っています。) 宿題を戴いた旅でした。改めて幹事さんに心より感謝申し上げます。ありがとうございました。 |
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@大川小学校の悲劇 高校の同級生の青木君は、福島第二原子力発電所で廃炉の仕事に携わっています。 |
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藤本さつき(高27)です。 5年たち、シロウオやモクズガニが戻り、海に牡蠣の養殖いかだが並び、ウニ漁も開港し、自然の回復力とそこで復興に向けて頑張っている方々の逞しさを感じる一方で、見上げるような土盛りがいたるところにあるのを見て、行政の推し進めている「復興」の形は、自然との共存、共栄の中で営まれていた地域の生活を必ずしも復興するものではないように思えました。 もちろん都市部では、都市機能の回復と安全性の確保など必要ですが、自然豊かで、変化に富んだ海岸線を持ち、それぞれの湾ごとの文化や伝統、生態系の単位で暮らしていたと思われる場所に、津波対策という名目で、一律に見上げるような防潮堤や堤防を作ることはただただ異様としか思えませんでした。 福島の原発の被害と影響は、気の遠くなるような先まで続くことに恐ろしさを改めて感じました。 これだけ想定外の災害が起こる日本です。原発は今すぐ廃炉にすべきだと強く思います。産業としてかかわっている人もいると思いますが、漏れ出た核物質は人間ではコントロールできず、最大の環境破壊を引き起こします。 余談ですが、私の大学時代の後輩に、震災当時、南三陸町戸倉小学校長をしていた人がいます。生徒、教職員とも逃げて無事だったそうです。その後教育委員会に異動したり、現在は別の小学校の校長をしている麻生川という人です。 |
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◆ それぞれの2年目 #4「誰のための町づくりなのか」:千葉拓(27)さん 拓さんたちの願いもむなしく、巨大な防潮堤の工事が進んでいます。 |
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震災後間もない時期から、同級生たちが熱心に活動していることは知っていましたが、夜行バス移動で現地で作業という内容では、体力の自信がないので遠慮しておりました。 ボランティアの力仕事ができなくても、その場に行って、見ることによって、帰ってからもその土地の空気を思い出す事が出来る…それだけでも他人事ではなくなると思います。 韮高の卒業生の様々な得意分野を生かして、このような活動を今後も続けていきましょう。 |
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参加する前は、震災から5年経った今現地の為にできる事はあるのだろうか?と考えておりました。 来年もあれば、是非行きたいと思います。 |
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シロウオ、うなぎ、カニにたくさんの魚が泳ぐ豊かな川。 その自然の脅威が起こした津波で犠牲となった大川小学校の子供たち。 自然災害は防げるものではありません。しかし、減災はできます。 そして、福島。 どんなに技術が発達しても、自然をコントロールすることはできません。 東北へ何度か通ったにもかかわらず、まだまだ見えていないことがたくさんありました。 |
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